2015年4月27日月曜日
ありがとうございます!
どうかよろしくお願いいたします。
「砂洲の死体」マーガレット・マロン ハヤカワ文庫
期待高かったです。海、アビ(鳥)、女性判事。
カバーの鳥瞰図も良さげ。
が、
これミステリではないよな、犯人に銃を向けられるまで他の人物を犯人と思ってたんだから。
サスペンスにしてはハラハラドキドキがないし、犯人が冷酷残忍なわけでもない。
ハードボイルド?なんかちょっとひねった口のきき方をするな。ソフトボイルド系か?
でも、殴り合ったりはしない。
もしかして、あれ?ハーレークインロマンス?
昔の男に誘惑されていい雰囲気になるし、最後の方になって別の男といちゃつき出すし。(あんたどっちに惚れてんだよ?)
主人公の人物造形はどうなんだ。性格がよくつかめません。主人公の心の中の「牧師」と「現実主義者」が会話するところもすべりぎみ、一人称は失敗。ついでに各章の始めにあるイェーツなどの詩の引用も邪魔臭い。(一章目の詩のエドワード・ホッパーってあの画家のホッパーなの?わたし彼の絵のファンです)、意味ありげに思わせて全然そうじゃない。
マロンさん、ミステリが書きたいのかHQが書きたいのか、なにが書きたいのかハッキリしなさい!!そんなに詩が好きなら一人で書いてなさい、隅っこで!
初記事なのに面白くない本を読んでしまった。
「指に傷のある女」 ルース・レンデル 角川文庫
☆☆☆
わたしは繊細な人間(ああ、この際どうとでも書くぞ)なのでレンデルのノンシリーズは苦手です。どよ~んとした読後感、閉塞感。
重い、暗い、澱む。
それでウェクスフォード警部シリーズを読むのですが、これとて読む前のワクワク感が湧いてくるわけでもない。
シリーズ物はだいたい馴染みの登場人物が出て来て、どんな事件が起こるんだろう?なんて期待しますよね。しかし、このシリーズは、まあレンデルの作品だからつまらなくはないだろう、くらいの感じで手に取ります。
確かにレンデルは上手い、名人だ。でも、なんか作り込んだ、技量に長けた、計算した印象を受けるんですね(特に『運命のチェスドード』など)。そのあたりがノンシリーズ物では成功し、シリーズ物では少々欠点に思えるのかもしれません。あくまでも私的な感想ですが…
読者の感想については訳者の深町眞理子さんがあとがきで触れています。読者の指摘がかなり興味深くて笑えます。
ということで、この作品についてですがトリックがすれすれだなあと思う。うまく丸め込まれたなあ、とも感じる。三十年前に書かれてますが、当時読んだとしたらどうなんだろう?結構センセーショナルだと思う。
日本の首都圏の警察では、この犯行が発覚するかはかなり微妙ではないでしょうか?ありえなくもない。
今回のウェスクフォード警部は「鬼平」みたいに配下の者(もと悪人、かなり頼りにならない)を使って内偵させます。その男の話し方も江戸の町民みたいです(笑)。署長から手を引けと言われてるのに休暇を使って単独で捜査を続けてるし、甥の警視にまで手伝わせる。執念ですね。タイムリミットまで設定してあって緊迫感あり。
それにしてもウェスクフォード警部がいまいちメジャーに成りきれないのは何故?
事件の地味さ故?レンデルがクールすぎるのか?これから解明して行きたいです。
余談ですが女性に対して、警部あんたも男だったのねと思わせる場面もあります。ダイエットで自信が付いたのかな?感心しませんね!
「味こごと歳時記」 高橋治 角川書店
以下、かなりわたしの感情的な批評が書いてあります。著者の意見の一部はわたしが共感できるものもありますが…
食材についてのエッセイです。題名通り味について「こごと」を言ってます。ようするに昔は食材の味が良かった、それに比べて現代は…嘆かわしい、といったような主張。
養殖魚、醤油、オキアミと鯛など。
この人もかなりスノッブな傾向が強いと思っていたが、朝日文庫の「旬の菜滋記」「くさぐさの花」はそれがうまいこと押さえられており、きれいな写真と相まって良い感じだった。ところがこの本は老害というか年寄りの偏屈さが全面に出過ぎて正直うんざり。昔は良かっただの現代は駄目だのと書くばっかり。
じゃあ、あなたはその変化の過程で何を世の中に訴えてきたのでしょうか?ただの物書きではなく、映画監督で直木賞作家ですし自分の経歴にはかなり自負してらっしゃる。そうとうの影響力を持ってたはずですね。その力をどう行使してきたのでしょう?
他人を批判する前に(実際、実名?入りで糾弾してます)あなた自身の反省から始めるのが筋なのではないでしょうか?何をして何ができなかったか。
一人だけ離れた立場に身を置いて一方的に批判することなど誰にでも出来ますよ。
「愛は血を流して横たわる」 エドマンド・クリスピン 国書刊行会
貴族屋敷の書斎に胸に象牙の柄の短剣を刺した貴婦人の死体が…(?!)
やがて英国王室をも巻き込むスキャンダルが!!(もしもし?)
そこにこつ然と現れたインド帰りの象使いの探偵。(おい、おい?)
人間並みの知性を持った象が本を落としたり、言葉遊びゲームで探偵に事件のヒントを与える。(それはシャム猫ココです!)
などという愛と死の物語ではありませんでした。
女子学生の失踪、化学実験室での劇薬の盗難、二人の教員殺人、そして第三の殺人が。
その上、シェイクスピアの未発表原稿まで?!てんこ盛り。
沢山の事件が次々に起こるので、前半は頭が混乱しました。さあ、謎を解いて犯人逮捕しちゃると思ってたら・・・自作の探偵小説の筋を聴かせたがるフェン教授、犯人解るのが早すぎですよぉ。レッズ戦のヴェルディみたいに戦意喪失ですよぉ。7:0… あっ、余計なお世話か。
老女が殺される中盤以降、動きが出て来て面白くなってきますね。特に鬱蒼とした夜の森の中で犯人と対峙する場面が良かった。それから、犯人とそれを追跡する側が車で同じ道を行ったり来たりする場面がおかしかったです。「消えた玩具屋」の女性を追跡する場面ほどはドタバタではなかったし。
犯人があまり存在感がないので、エッーーーー!!!!!という驚きがないのと
トリックのためのトリックが込み入ってるのが難点でしょうか。
しかし、いい具合にドタバタが押さえられて、ユーモアがありの本格ミステリでした。
最後に老犬メリソートをとても誉めてあげたい。メリソートに紐鶏頭の花を捧げましょうね。
Re: タイトルなし
エド・マクベインは78歳で亡くなりましたが、
もうすぐ78歳になる主人公はこの歳で再び探偵家業を始めました。
しかし「もうこの五年間勃○した覚えもない」(淑女の皆様がもし読むといけないので伏せ字にしました)オジイさんですから、ものすごくセクシーなおネエさんの代わりに、ものすごく不味いロールキャベツを作る65歳の未亡人に惚れられてるし、知り合いで一杯だったアドレス帳はほとんどみんな死んでしまって横線ばかり、ようやく残った仲間を頼って行ったところは老人ホーム。尾行して入った店では客に「あんなに年をとるまで生きていたくないわ」と陰口を叩かれる・・・
でも、再び仕事をして現役に戻るということで周囲のお年寄りにも影響を与えて行くところが面白いです。生き生きしたりして… それに主人公が寡黙でもなく、饒舌過ぎないところも良い。
よく機知というかただの減らず口ばっかりたたいて、仕事は一向にはかどらない探偵がいますが、ああいうのはすごくむかつきますね。軽口言ってないでさっさと仕事をしろ!!と。たとえばハードボイルドではないけどデミルの「将軍の娘」のブレナーみたいな男(いちいち例に挙げなくてもいいんですけどね)。
とにかく史上最年長の私立探偵という設定が秀逸でした。
わたしも歳をとって「間抜けな老いぼれめ!!」なんて面と向かって言われる日が来るかもしれないんだなあ。しみじみ。
「ある魔術師の物語」-イギリス・ミステリ傑作選 ’76 ヒラリイ・ワトスン編 ハヤカワ・ミステリ文庫
短篇が10篇収められています。知ってる作者はエリス・ピーターズ、P・D・ジェイムズ、デズモンド・バグリイくらいです。
「風邪を引かないで」キリル・ボンフィグリオリ
前払金を払ったのにしょうもない原稿しか送ってこない小説家を訪ねた出版会社社長の運命。奇妙な味的ブラック・ユーモア。
「ベラミーのバス」ジョン・バクストン・ヒルトン
路地に停まったバスの中に青酸ガスで死んだ十二人の死体。車内に残されたテープレコーダーから事件が解明されて行く。
「死の影なる生」メアリイ・ケリイ
やはり女の子は男子より格段成長が早いなと思わせる辛辣で残酷な物語。でも、どこがミステリなんだよぉ。
「教会の猫」エリス・ピーターズ
可愛がってくれた老婦人を殺された黒猫が犯人を追いつめるがそれは復讐のためだったのか?なんて言う話。ま、他愛無いといえばそうかもね。でも猫だから許す。
「豪華美邸売ります」P・D・ジェイムス
妻に対する殺人未遂容疑をかけられた夫。その同僚が事件を語りますが…
さすがジェイムス、ただじゃ終わらない。ひねったオチにさらに意地悪な香辛料を効かせてます。
「ジェイスン・Dの秘密」デズモンド・バグリイ
バグリイはやっぱり冒険小説書いとけば、みたいな消化不良気味な物語。
「妹の名はネメシス」マイルズ・トリップ
タイトルが大げさな割には中味はしょぼい。第二次大戦中に殺人を犯した男の前にその被害者の娘が現れる。
「ティメオ・ダナオス」ウイリアム・ハガード
キプロス島らしき島を舞台に、トルコ人の肩を持つオランダ人の夫人がギリシャ人警部からスパイ容疑をかけられ国外退去を迫られる。アンブラーなみの陰謀サスペンスかと思ったらイギリス人の夫がやって来て子供騙しの解決。なんだそれ?婦人のキャラクターが良かったのでそれで押して欲しかった。穿った見方をすれば英国の外交政策のずるさを皮肉ってるかとも。違うけどね。
「二本のキアンティ・ワイン」A・E・リンドップ
主人公の家系の説明が長過ぎ、どうでも良いと思う。最初はユーモア物かと思ってたら最後は全然違うし。これって長編のためのあらすじをふくらませたものじゃないのか?話の終わり方が不自然。
「ある魔術師の物語」デズモンド・コーリイ
約80ページ程の作品ですが、イライラしてくる前半20Pは、はしょっていいでしょう。その後、持ち直しますが後半はどうでも良いです。全体に作者の悪ふざけに付き合わされている感が強い。
「パンプルムース氏の秘密任務」マイケル・ボンド 創元推理文庫
「元刑事のグルメ・ガイドブック覆面調査員パンプルムース氏と元警察犬ポムフリット
の今回の任務は、編集長の叔母さんが経営するさえないゼロ星ホテル・レストランの
たてなおし作戦。靴底とまごう肉や、キツツキもビックリのこちこちパイを出すこの店
には、何やら怪しい秘密があるらしい。媚薬がらみの事件に巻き込まれ、ポムフリットまでも大興奮!」
��「キツツキもビックリ」が妙に笑える)
そのホテルで食事をした後に破廉恥な事件を起こした同僚と同じような不祥事を起こした
ポムフリット(ボルドーの赤が大好き)。かれは後にライオンに変身させられます。身分を隠して宿泊したパンプルムース氏は何者かに頭を殴られたり尾行されたり部屋に侵入されたりひどい目にあいます。
でも、ミステリとしてはもうひとつです。
目的地に行く途中にゾラやモネ、プルーストなどのゆかりの地を訪ねて彼らが好きだった食べ物について考えてみたりして、解説にもあるように観光ガイドブックにもなりそうです。
主人公が乗る車はシトロエン2CV!(渋)仕事用七つ道具のライカRカメラ!(欲しい)、ライツ社の双眼鏡!(これも欲しい)出てくる小道具もこだわってますね。
著者は『くまのパディントン』(読んだ事がない)を書いたイギリス人ですが作風がフランス風な感じ。美食と酒にこだわるところはもちろんですが、ちょっと艶っぽい話やマスコミが大挙してやって来るいきなりのドタバタの場面なんかは。しかし、抑制が効いてるので下品な感じはしませんよ。
上質なユーモアミステリだと思います。
神々のワード・プロセッサ スティーヴン・キング 扶桑社ミステリー
キング初心者が読むキング二冊目。まだ短篇集。
八百万の神様がいて、いろんな物に魂が宿る日本でもさすがにワープロには神様も
魂もないですよね。しかし、この短篇集ではワープロ、トラック、タイプライター、サルの玩具にいろいろなものがついてます・・・神、怨念、妖精、邪悪。
以下、少々
ネタばれがあります。
「神々のワード・プロセッサ」
ワンアイデアだけどワープロを魔法の箱にしなかった設定がこの話をただの寓話で終わらなかったのでしょう。
しかし、主人公が今後の幸せをワープロに打たなかったため、二年後には新しい妻は太り始め息子も父親を馬鹿に仕始めるのでした、みたいな展開に成りかねないかもね。
「オットー伯父さんのトラック」
作者も気に入ってる短篇の一つだそうだ。このアイデアでこれだけよく書けますよね。
この力まかせ、キングさんはお相撲さんで言えば朝青龍なのか?
「ジョウント」
結末予測付きますよね。そこら辺が詰めが甘いような・・・
しかし、『意外と長いよ。パパ!見たんだ!見たんだ!長いジョウントなんだ!』と叫び目玉に爪を食いこませた少年は、一体何を見たんだ?何を見たんだ?
「しなやかな銃弾のバラード」
気がおかしくなった小説家は近隣の住人、新聞配達の少年、郵便配達夫などをCIA,FBI,KGBのスパイや国税庁の役人と思い込んでいる場面がありますが、
わたしは筒井康隆氏の短編を思い出してしまった。ストーリーは全然違いますけどね。
妖精が出てこなきゃ普通にアメリカ文学として読めますよね(カポーティみたいな、違う?)。
「猿とシンバル」
これがわたしのイメージするキングの作品ですよ。最後のエピソードは余計な気がするけどなあ。魚殺してどうする?
「煙が知っている」 エリック・ライト ハヤカワ・ミステリ文庫
「神々がほほえむ夜」に続く二冊目。第一作より面白いです。さらにくよくよ悩むところが・・・更年期障害かな?
まず、14歳の息子がポルノ雑誌を隠し持っていた。妻の仕事が忙しく自分が捨てられるのではと心配している。健康診断で血尿が出て再検査。網戸が壊れ近くに巣があるスズメバチが部屋に入って来る。
前回の事件を解決して少しは評判が良くなったソールター警部ですが、相変わらず雑用ばかり。しかし、他の事件で人手が足りなくなったので放火殺人事件の捜査が廻って来た。事件現場に行ってつまらない冗談を言って反省し、見張りの警官に嫌われたとクヨクヨしたり。
床屋に行ったばかりなのに、女友達にきちんとした髪にしたらとアドバイスされる。
なにげなく買ったクッキーが一個2ドルだったのでかなりショックを受ける。
息子の問題を人に聞いてまわるうちに父親失格ではないかと思う。
これはユーモアミステリですね。主人公が庶民的で普通なのが笑える。
事件に派手さはありませんが中年警部が家庭、仕事に悩みながらも地道に解決して行く。悩みといってもそう大したものでもなく、本人の気持ち次第なんですけどね。
浮世絵も事件の背景になっていてキーパーソンとして日系二世のおじいさんが出てきます。カナダでも大戦中に日本人、日系人は収容所に入れられていたんですね。
「出会いがしらのハッピー・デイズ-人生は五十一から(3)」- 小林信彦 文春文庫
週刊誌に連載されているエッセイをまとめたものです。
わたしはこの人の物事に対するスタンスが好きだし共感を覚えるのでよく読みます。
失礼ですがこのお歳でこんなに年齢を感じさせない文章を書かれるのは大したものです。普通なら庭の松の木の枝振りとかどこそこの関節がリューマチで痛いとか書いてそうなもんです…
しかし、著作から受ける一時期の圧倒的な情報量は減りました。一冊の本としてはかなりお買得感があったのですが。以前と比べるとかなり枯れてます。枯れるとは枯渇するという意味ではなくて諦観みたいな感じでしょうか。政治やマスメディアに対しては相変わらず痛烈な批判をしていますが、読書、映画、芸人の批評がかなり少ない。
ウラを返せば娯楽をうんぬんしている場合じゃない世の中になっているということかもしれませんね…、しかもいくら言っても良くならないし。
個人的には昔の東京物語より辛口の現代時評がもっと読みたいものですが、このように長期間に渡り一定の立場で時代をトレースしてくれる人はすごく貴重な存在だと思います。
現代〈恥語〉ノートの恥語として〈お笑い〉〈ぼく的には〉など取り上げていますが、〈今日はこんなところです〉に笑いました。T○Sのニュース番組で某キャスターが言うシメの言葉ですが、「『今日はこんなところです』って、おまえは魚屋か。(略)ドコモ疑惑も、残酷な殺人も、警察の驚くべき不祥事も、そんなところなのか!」と怒ってます。
わたしが気になる恥語は〈言うまでもない〉なら言うな!なら書くな!
「難事件鑑定人」サリー・ライト ハヤカワ文庫
資産家で大学教授であるジョージーナが急死する。財産の一部を贈与されたエレンのもとにジョージーナが生前書いた“自分の死は自然死に見えたとしてもそれは仕組まれたものだ”という内容の手紙が届く。エレンは大学の記録保管人ベンに調査を依頼するが稀覯本をめぐる殺人事件も浮かび上がって来る。
「知識マニアの琴線をくすぐる知性派ミステリ」なんて紹介されたら読んでみたくなるでしょ!アメリカ人女性作家で舞台がスコットランド、500ページと結構長編でとくれば重厚で主人公が細かい知識でオタクぶりを披露するのかと思うじゃないですか。
まあ、たしかに驚きましたね、登場人物の欄に52人も名前が載ってるんだから。あの「夜のフロスト」でさえ44人ですよ。
もっとウイットにとんだものかと期待してたんですけどねー。読後感は大きな軽石といったところですかね。(良いのかこんな表現で)
ちゃんと推敲してないのか締まりがない(主人公がいきなり登場人物のひとりを力でねじ伏せるのですが(!)その人物が以後全く登場してこない)。主人公の人物造形をしようと努力のあとは認めるが結果が出てない。容疑者たちも魅力がなく存在感もない。
稀覯本の蘊蓄にしても作者が語らせてるだけで講義を聴いてるみたい(だいたい稀覯本なんて基本的な知識すらないので語られてもへ~って言えないし)。
ミスディレクションの意図が露骨に分かりすぎ。
巻末の主人公と作者!との〈特別インタビュー〉などふざけたお遊びにすぎない。
アメリカ探偵作家クラブ賞最終候補作になってるけど前の二作はどんな内容なんだろう?
「消えたモーターバイク」ネヴィル・スティード ハヤカワ文庫
ホンダのバイクで出かけたまま行方不明になった私立探偵。探偵は三つの調査を手掛けていた。その恋人に頼まれて彼を捜すことになったアンティーク玩具屋素人探偵ピーター。
調べて行くうちに探偵の意外な真実が明かになる。シリーズ三作目。
前二作の内容はすっかりさっぱり忘れていますね。
どうしてなのかわたしはこの主人公に馴染めません。以前も言ったように軽口がすぎると
嫌になるのですが、この主人公はそうでもないけどなんか斜に構えてるようで。万年三十九歳のわりには人間的魅力が少ないような。
これはですね主人公にからむサブキャラの不足に原因があると思うんですよね。
今回、恋人アラベラはアメリカに行っていて留守。漁師のガス、こいつは無愛想なんですがなかなかいい奴です。しかし、ビール飲んだくれてばっかりでいつ仕事してるんだ?主人公の恋人のいとこフィリッパはステレオタイプのいい人。
この二人では主人公の性格に深みを持たせるのは難しいですよ。
玩具や古い車に対するこだわりは読んでいて興味を引かれます。
それから、少女モリーに優しくするシーンは良かった。
「おやつ泥棒」アンドレア・カミッレーリ ハルキ文庫
イタリアのミステリです。
チュニジア艦艇のイタリア漁船への銃撃死亡事件、エレベーター内での男性の刺殺事件と彼の事務所の掃除婦とその5歳の息子の失踪事件、子供のおやつ(弁当)泥棒事件。
主人公の警部は行方不明だった男の子を自宅にかくまうことにする。
彼は仕事はとても有能なのに上層部うけが悪く、唯一の理解者は退職間近の署長。本人も出世する気はないけど。
私生活では結構駄目男で、車がガス欠でエンストしたのにその原因さえ分からなかったり、ビデオカメラの録画ボタンを押し間違えてたり機械には弱い。44歳の彼は33歳の恋人と付き合って六年になるけど結婚の話はいつもうやむやになっている。恋人と男の子が仲良くしているのを見て疎外感を覚えたりする。やがて彼女の中に母性本能が生まれて彼にある決断を迫る…
そんな状況の中、長く疎遠になっている父親が瀕死の病床にあるとの連絡が入るが、死んで行く姿を見るのが恐ろしくて見舞に行けない。逃げるようにやって来た休暇先の宿で、ついに哲学教授から「いつになったら大人になる決心をなさるのですか?」と看破されひとつの決心をする。
ミステリは派手さに欠けますが、登場人物の描き方が上手。
米英ミステリに馴れているとイタリア人の名前には戸惑う。軽く右脳を刺激される感じがします。それから、やはりイタリア、出てくる料理の種類が豊富ですね。主人公もグルメだしね。
で、米英の各ミステリの中での定番飲み食い、わたしなりの印象。
アメリカ
やはりハンバーガー、TVディナー(先日、発明した方が亡くなりましたね)とマティーニ、缶ビール。
イギリス
サンドイッチ、キドニーパイとシェリー酒、パイントグラスでビール。
TVディナーについては、
http://www.cnn.co.jp/usa/CNN200507210026.html
「公爵ロビーの大逃走」グレゴリー・マクドナルド サンケイ文庫
「ドイツ軍の空襲で両親を失った、英国の名門プラドロマン家の8歳の若き公爵ロビー・バーンズは、ニューヨークにいるという叔父のもとへ疎開させられることになった。だが、港でロビーを出迎えたのは飲んだくれの新聞記者だった。小学校を探しに出たロビーは、誘拐騒ぎにまきこまれ、さらに殺人犯に追われ逃げ回るはめに!!」(あらすじより)
身長五フィート以上の男性には「サー」、女性には「マーム」を付けて話す紳士ロビー。
両親が死んでしまい悲しみに泣いた彼ですが、「弱味はみせない」と決意し泣くのを止めます。けなげ。
飲んだくれの新聞記者とアル中の妻。
ロビーを誘拐した変な一家。
自分勝手なお金持ちの実業家の家庭。
大勢の孤児を引き取り自分の子供として養う黒人女性。
作者はこれらの階層の抱える問題を皮肉やユーモアを交えて風刺しています。誇張が過ぎるところもありますが…
様々な人々とかかわり合い、色々な事を見聞きし、無気味な殺し屋に追いかけられながら、今まではどこに行くか自分で決める必要がまったくなく、いつも誰かが教えてくれたロビーは自分で行くところ、することを決めなくてはならない。
月並みな表現ですが精神的にたくましく成長していくのですね。
特に黒人女性ミセズ・クリアウォーターとのやり取りにはじーんとしました。
100ページまでは進行が遅いけど誘拐されてから徐徐にテンポが良くなり緊迫してきます。最初から最後までどんな状況になっても頭の半分は食べ物のことが占めているロビーが可笑しい。
かなり変な構成の本。
前半は!すごく興味深い。糸の使用目的によって七個の絹糸腺があるとか紫外線UV-Aは巣を力学的に強化するとか等など。
つっこみどころもあります。例えば、子グモにリーダーがいるとか、かなり疑義あり。「子グモ同士には友情と信頼関係のあることを認識したのである」って科学で一番やっちゃいけない対象の擬人化をしてしまってますよぉ、先生。
百ページ過ぎたあたりの後半はクモの牽引糸(命綱)をたとえにした社会学(ビジネス書?)的内容。
なんだこれ?
線形、非線形(エクセルじゃん!)で現代社会の生き方、考え方について書いてあります。訳わかんないないでしょ?わたしもわかりません(泣)。
第2章 クモから学ぶ危機管理と信頼性
第3章 人間はどこに信頼を置くのか
第4章 どのようにすれば時代が読めるか
ですって。先生は遠くに行ってしまわれました。
真面目なんだろうなあ。
大崎先生は奈良県立医科大教授。
amazonのカスタマーレビューを見てみました。5人全員☆五個。そろいもそろって激賞コメント。おかしいだろこれ。
みんな大阪、京都、奈良在住じゃないか。おまいら大崎先生の教え子だろ。(乱暴な言葉使い許してね)
どうみても違和感あるはずだ。それともわたしの感性がおかしいのかな???
町でいちばん賢い猫 リタ・メイ・ブラウン スニーキー・パイ・ブラウン ハヤカワ文庫
トラ猫ミセス・マーフィシリーズの一作目ですね。
飼い主のハリーと飼猫のミセス・マーフィ、飼い犬のティー・タッカーが連続猟奇殺人事件を解決するという物語です。
三作目を最初に読んでいたので猫、犬が会話しても大丈夫でした。
そう猫と犬が話し合うんですね!
しかし、これ感想が書きにくい。すらすら読めるしそれなりに面白いけど、なんだかソーメンを食べたみたいで。食べてる間はまあ美味しいけど食べ終わると物足りない。余韻といいますか後に何も残らない。どうしてそうなのか考えるのも面倒くさいくらい。人間の主人公の離婚問題や母娘間の葛藤とかあるんですけどね。まっ、それも添え物のサクランボみたいなもんで。
とにかく殺人の原因となる犯罪と動機がこれではどうなんでしょうね。「かくれんぼが好きな猫」のほうが良く出来てました。
作者は自分の意見を登場人物に饒舌に語らせる傾向があるけど、気になったのは猫、犬の会話の中で飼い犬タッカーが言ったこと。「心の病気に体の病気。もし、わたしに弱い子が生まれたら、わたしはその子を始末するわよ。そうすることが、ほかの子に対するわたしの義務だから。でも、人間は間引こうとはしないのよね」どういう意図があるのだろう?作者は今どき優生思想の持ち主じゃないよね。
ところで、ミステリファンにとってはアーモンドの香りといえば、、、青酸カリが常識ですね、でも青酸カリはカメの臭いにも似てるみたいですよ。猫と犬が言ってます。
猫好きな方にはお勧めです。
「折られた翼」 テレンス・ファハティ ハヤカワ文庫
「わたしは夢に破れた男だ。念願だった司祭にもなれず、今は友人の法律事務所で調査員をしている。今度の仕事は、四十年前の自家用飛行機墜落の事故状況を探ることだった。
事故で兄を失った大実業家の依頼だ。調べるうち、何者かが飛行機に細工していたらしいことが判明した。そして背後に潜む複雑な人間関係も……」(あらすじより)
作者が意図的に描いているのか主人公が周囲に甘えているように感じます。司祭になれなかったみたいだけど理由が書いてないからどういう事情があったのか分からない。
今は学生時代からの親友が経営者でもある法律事務所で調査員をさせてもらっています。
その友人の奥さん(主人公の元カノです、ありがち)に電話で愚痴ってみたり、資料調べを手伝ってもらったりする図書館司書である恋人の部屋に、幽霊が怖いと逃げ込んだり…でもユーモアミステリではありませんから。
みんなが心配して気を使っているのに主人公は素直じゃない。
自己再生ならかなりの試練を経験するのかなと思っていると森で迷子になるくらいなんですよ。ストイックで渋いディック・フランシスものを想像してると期待はずれになります。
四十年前の事故を再調査する設定や当時の関係者を訪ねてまわるところは良い感じです。
「ぬき足、さし足、にゃんこ足-猫のあいうえおもしろエッセイ-」加藤由子 PHP研究所
わたしは猫好きなので猫本の紹介をさせて頂きます。
猫本ファンの方にはおなじみの加藤由子さんのエッセイです。
PHP研究所と加藤由子さんのタイトルのセンスにはかなり苦笑。
あ~わまであいうえお順に『あ』からはじまるエッセイ、『い』からはじまるエッセイという風に著者の体験をもとに書かれたものです。
たとえば、
『あ』愛想の良い猫と悪い猫、どちらがいいか。
『い』家の中にハエが一匹、これで猫が大騒ぎをする場合もある。
『う』薄目を開けて寝る猫がいる。
『え』映画に出演する猫の調教をやった。
『お』おっぱいを猫にかまれたことがある。
動物行動学を専攻し、長年、沢山の猫と暮らしてきた著者だけに観察が鋭い(ところもある)。
「『せ』背中にオンブするのが大好きな猫がいた。」では猫の後ろ足が開くか開かないかによってオンブできるかできないかが決まり、長毛種は開くタイプで短毛種は開かないタイプとのこと。日本猫は短毛だが両方のタイプがあり過去に両種の血が混ざり合ったからだそうです。う~ん、かなり微妙。解剖学的に証明してみたら…でも、一般の研究者は猫をおぶったりしないよなあ。
「『ね』眠くなった猫はダダをこねる。」では『グズり癖』のついた猫は、尿意と眠気の区別が飼い主にはつかない。そこで肉球で判断できるそうです。肉球が真っピンクの場合は眠いとき、白っぽければおしっこ。肉球が黒い猫の場合は、鼻の頭で判断できるそうで眠いと赤くなる。どちらも黒い猫は耳の血管を見れば良いそうで、血が通っているのがはっきりと見えるときが、眠いときだそうです。しかし、この知識って役にたつのかどうなのか?
猫を飼っている人は共感するところが多いと思います。
「密造人の娘」マーガレット・マロン ハヤカワ文庫
どうも合わないようです、マロンさんとは。
人種差別的な裁判官に義憤をおぼえて判事の選挙に立候補する主人公の描き方はとても良いと思う。選挙期間中にも関わらず昔ベビーシッターをした娘の頼みで十八年前の母親殺人事件の調査を引受けたり、密造人だった主人公の父親との葛藤があったりと。
しかし、作者は主人公を生かしきってないような。もうちっと主人公の周辺を整理したらどうなんだ。なんせ主人公の地元の南部の地方町が舞台なもんだから家族、親戚、同僚、町の住人、政治家、高校の同級生、警官などなんでもかんでも登場させ過ぎ、いちいち説明し過ぎ。パーティーなんか始めたりした日には大変ですよ、カタカナ多くて。
マーガレットちゃんは続・『風と共に去りぬ』でも書くつもりだったのかな?!
それから新聞社や葬儀場の描写がそんなにいちいち必要なのかな?テンポが悪くなって進行が滞るように感じるんですけど。
アメリカ探偵作家クラブ賞受賞作品。
訳者の高瀬素子さんもあとがきに書いているように『土臭い南部の香りがする小説』なので、南部の人の様子や風物を感じたい人にはお勧めです。そこらあたり好みが分かれるミステリだと思います。
「ナイト・ソウルズ」キング、マキャモン他 新潮文庫
22編のホラー系アンソロジー。
有名作家では、
「夜襲部隊」マキャモン、「埋もれた才能」マシスン、「ささやかな愛を」ブロック、
「大きな岩のある海辺で」ランズデール、「ポプシー」キング。
特に「夜襲部隊」にはゾクゾクした。ベトナム戦争で化学薬品を浴びたため戦場の悪夢が実体化してしまう男の話。男が眠ると彼を殺しに昔の戦友がよみがえり戦場となって他の人まで巻き添えにしてしまう。ドラマ・トワイライトゾーンで映像化されたそうです。
「ポプシー」は賭博で莫大な借金を負った男が子供の人身売買に係わるが人間ではない子供を誘拐してしまう。ベタだけど怖い話。
その他「ソフト病」F・ポール・ウィルソン、「廃車置き場」ウィリアム・F・ノーラン、「代理教師」ゲイアン・ウィルソン、「隠れ場所」スティーブ・ラズニック・テム、「夜は早く凍てつく」トーマス・F・モンテレオーネ、「ワードソング」J・N・ウィリアムスン、「追体験」ラムジー・キャンベルなど。
「ソフト病」は人間の骨を崩壊させるウィルスに罹患し人類が死に絶えていく中で生き残った父娘の絶望的話。ニュースキャスターの顎がソフト化して垂れ下がった場面ではアボットの図書館長シリーズの主人公を思い出して笑ってしまったけどそういう話ではないですよ。
「廃車置き場」は誰にでもある薄気味悪い場所にまつわる話。子供の頃、気味の悪かった廃車置き場にはじいさんと灰色の犬がいたのだが、三十歳になり父親の葬儀で久しぶりに町に帰るとまだそこは彼らが…
「代理教師」は異次元からの侵略者と子供たちのおかしな話。
このアンソロジーの編者であるウィリアムソンの「ワードソング」は完成度は低いと思うが終わり方に趣があって余韻が残る。
ジェームズ・ハーバートの「モーリスとネコ」は核シェルターで生き残った男の話。ネコの扱いが不満。
レイ・ラッセルの「シャデク」には失笑してしまった。
残念ながらブラッドベリの収録作品は詩です。
「ホラーSF傑作選-影が行く」P・K・ディック、D・R・クーンツ他 創元SF文庫
日本オリジナル編集のホラーSF13編。有名作家ばかりでどれもレベルが高い。
以下、少々ネタばれがあります。
「消えた少女」リチャード・マシスン
映画の『ポルターガイスト』の少女はテレビの中に消えたが。
「悪夢団」ディーン・R・クーンツ
ミュータントが超能力を使って手下に人間狩をさせるナイトメア。
「群体」シオドア・L・トーマス
下水はスープ状態の原始海洋と言えなくもないので、そこから化学反応と突然変異により未知の生物が生まれないとも限らない。トイレや台所の流しにスライムみたいなものがくっついていたら直接触ってはいけない。あなたの指が溶けて消えてしまうから。
「歴戦の勇士」フリッツ・ライバー
「ポールターのカナリア」キース・ロバーツ
「影が行く」ジョン・W・キャンベル・ジュニア
映画『遊星からの物体X』の原作。この話は有名ですね。南極で氷漬けの異星人が発見される。解凍された怪物は人間や動物を襲い同化してしまう。
ですから愛地球博のマンモスも解凍すると危ない、と思う。
「探検隊帰る」フィリップ・K・ディック
『時間飛行士へのささやかな贈物』を思い出した。
「仮面」デーモン・ナイト
「吸血機伝説」ロジャー・ゼラズニイ
人間が絶滅した世界での吸血鬼フリッツと吸血機(魔物ロボット)わたしのふれあいの物語。吸血機といっても吸い取るのは他のロボットの電力。
“わたしはフリッツのなごりをかき集め、棺へと運んでいく。骨はもろいうえに、黙して語らない”カッコイイ。
「ヨー・ヴォムビスの地下墓地」クラーク・アシュトン・スミス
でかいキクラゲを想像してしまった。
「五つの月が昇るとき」ジャック・ヴァンス
レムの『ソラリスの陽のもとに』を思い出した。五個の月を持つ惑星の孤島で灯台守をする男。“五つの月が昇るときは、なにも信じないほうがいい”と言われていたが…
「ごきげん目盛り」アルフレッド・べスター
たぶんアンドロイドもロボット三原則が適応されるはずなのに、このMAアンドロイドはある理由で連続殺人を犯す。
「唾の樹」ブライアン・W・オールディス
ネビュラ賞受賞作品。
19世紀末のイギリスの片田舎。プレデターのように目に見えない異星人が乗った宇宙船が農場の池に落下する。プレデターは狩猟星人だがその異星人は栽培星人。農場一帯に肥料の雨を降らせ作物から家畜まで、または野鳥やヒキガエルまで繁殖させ太らせ味まで自分達の好みにしてしまう。
今風に言えばH・G・ウェルズをリスペクトしたらしい作品。
さすがオールディス、雰囲気がいい。
「砂漠の標的」ギャビン・ライアル ハヤカワ文庫
戦車オタクの皆様にかなりお勧め。
ロンドンのホテルでヨルダン陸軍大佐の拉致事件が起こり、ヨルダンの都市アカバでは軍事クーデターが発生する。同じ頃、砂漠地帯でテスト中のイギリス最新鋭戦車が行方不明になる。拉致事件の情報を携えてヨルダン入りしたマクシム少佐は、戦車の軍事機密が反乱軍に渡るのを阻止するため戦車の捜索と破壊任務を受ける。急ごしらえのチームを編成し砂漠へと向かうのだが・・・
マクシム少佐シリーズの『影の護衛』『マクシム少佐の指揮』を読んだ限りでは地味なエスピオナージといった印象でしたが、今回は戦車に乗って砂漠を逃げ回る派手めな展開。紛争地帯で素人のチームにそんな重要な任務を任せていいのか?もう少し敵が強いほうが盛り上がるのではないのか?後半のカットバックはそれ程緊迫感を感じさせないのでなくてもいい、など感想もありますが、設定が単純なので面白くてサクサク読める。主人公が失言して反省したり間違えた判断をしたりしてスーパーヒーローになってないのも良いです。戦車についても詳しく描いてあるのではないでしょうか。
ライアルの洗練されてなさが効いてる冒険小説です。
「ロンドン骨董街の人びと」六嶋由岐子 新潮文庫
大学卒業後にロンドンにある古美術商の老舗スピンクに就職した女性のエッセイ。
最近ではそれほど極端な傾向は見られなくなったが、ひと昔前まではイギリス特にロンドンで暮らした経験のある日本人が書いた本というとイギリス礼賛か批判の二極に別れていたように思う。
その点この本は非常にバランスがとれていて、それは著者がイギリスに留学した当初に「悪名高い下町」であるイースト・エンドに居を構えた経験が少なからず影響しているからではないだろうか。
著者の同居人タニヤは高学歴で美人の金融アナリスト、シティに勤めるヤッピーだが実はイースト・エンド出身で両親は離婚し母親に捨てられた過去がある。
「廊下に駄菓子の紙袋を捨てたり、犬の糞をそのままにする住人たちの腐ったような目に気がついて?あなたの国では、良心やマナーが欠落している人がそういうことをするのではなくって?でも、イギリスの場合はそれだけではないの。この国の階級社会による貧困が深刻なのは、人間としての感性そのものが欠落している人間以下の人間を造ることなのよ」
そう言いながらも彼女は生まれ育ったこの地から離れることができない。
イースト・エンドが2012年ロンドン五輪のメイン会場となったことをどう感じているだろうか?
タニヤの父親が母親に贈ったジョッキを持って、著者は彼女と共にTVの鑑定番組の予選会に参加するエピソードにはしみじみしてしまった。
著者は古美術王国の歴史的背景に英国王室の後押しを受け世界各地からの美術品の収奪という過去の事実もあることを認めながらも、イギリスが美術品の美しさと歴史的意義を後世に残してきた功績を評価している。
スピンクで働く同僚たち、様々な個性を持つコレクターたち、没落貴族とハウス・セールの話などが冷静でブレない視点と分かりやすい文章で書かれている。
骨董品屋を覗いてみたくなる本。
「魚は夢を見ているか」鈴木克美 丸善ライブラリー
魚は野良猫の悪夢を見るか?
日本人は世界一魚を食べるのに、河川や海の環境、魚の生態についてはあまり関心を示してこなかったですね。現代でも一部の釣り人のマナーの悪さは環境と生態系を破壊していると言ってもいいくらいだし。
この本は魚の世界に興味を抱いてもらうために書かれています。蘊蓄本と違うところは
なぜそうなるのか?という説明をしているところ。50話の魚についてのトピックスが語られていますが、個人的には数を半分にしてもっと詳しく説明したほうがインパクトがあったように思う。
以下、わたしが興味を引かれたところ。
トビウオが翼(胸びれ、腹びれ)を広げたときの揚力と抵抗の最大比は、約二五もあり、
イヌワシ(!)よりも効率がいい。
魚の舌はものの味を知るのに役立っていないらしい。魚の味蕾は、口の周囲、ひげなどのほか、ひれや皮膚のあちこちに分布している(皮膚味蕾)。
魚の子育ての主役は常に雄の役目。その理由は、最初に産卵があって次ぎに受精があるから。産卵が終わった雌はさっさとその場を離れ、雄と卵があとに取り残される。もちろん哺乳類はその逆ですね。
まだよくわからない疑問も提示してあります。
なぜオニオコゼがみにくくて、姿をかくすのもうまいのに、鋭いとげに毒まで仕込んでいるのか?
たしかにコスト面からは過剰。きっとオニオコゼは捕食者にとってものすごく美味でしかものろまな獲物だった。それでどんなに防御しても襲ってくるので、「しつこいな、お前」と思いながら護身がエスカレートしていき最終的に毒を持つに至ったのでは、と思う。
魚の雌にとって産卵によるリスクはそう大きくないし、産卵しなければ子孫を残せないのに、例外はあるが雄の求愛に消極的で産卵を避けたがるのはなぜか?
さっぱり解りません。
なぜ、サンゴ礁の海に「多様性の高い生物群集」ができ上がったのか?
本書に幾つか答が書いてあります。
最後に魚は夢を見ているかの答えは、
眠っているかどうかもあいまいで、熟睡することもなさそうだから、多分夢は見ていないのではないか、だそうです。だろうね。
2007年6月30日追記
『魚の子育てと社会』桑村哲生 海鳴社 によると、魚類では雄が子育てをするものが多いが、一夫多妻などの場合、雌のみが子育てを行う例もあるそうです。一概に雄のみとは言えないようですね。
「衣裳戸棚の女」ピーター・アントニイ 創元推理文庫
☆☆☆☆
ホテルの密室になった部屋で男の射殺死体が発見される。犯行発覚直前にその部屋を訪れた二人の男と犯行現場の衣裳戸棚に閉じ込められていたウェイトレスが容疑をかけられる。挿絵付きユーモアミステリ。
この作品は97年の“このミス”十四位になってるんですね。知らなかった。ということはわたしのような者は、昔の“このミス”を読み返して未読物を古本屋さんで探せば、まだまだ掘り出し物が見つかるかもしれないってことか。泣けてくるよ、いろんな意味で…
イギリスで1951年刊行された作品なので、現代のミステリのサスペンス性に馴れてしまっている身には、どうもストーリーは刺激に乏しいし登場人物はステレオタイプぎみ。
名探偵ヴェリティは、いろいろな証拠を積み重ねてしだいに真相に辿り着くのではなく、デクスターのモース警部みたいに推理が二転三転するタイプです。
でも一介の探偵が警察に邪険に扱われない時代設定は懐かしくていいですね。探偵がすごく偉くて警官を顎で使ってるし。そういうところがいかにも物語といった感じで、古き良き時代のミステリの雰囲気を感じさせてくれます。
正直終盤まではそれほど面白いわけではないが、密室のトリックを解く場面ではあっけにとられました。ありですか?この展開は?それを味わうだけでも読むべきです。
「戦後最高の密室長編」というふれこみですが、密室物によくあるトリック及び状況のややこしさはありません。
それから余談ですがこの作品をネットで紹介されている皆さん、題名は「衣装」ではなく「衣裳」ですよ。わたしも間違えていました。
☆☆☆
大金持ちの健康法の教祖がホテル4階にある自室で射殺体で発見される。
窓はわずかに開いていたが部屋には鍵がかかっていた。背中の銃創の入射角度から
中庭の水深が180cm以上あるプールの中から撃たれたらしい。そして、奇妙なことに
撃たれてからパジャマを着せられた形跡があった。
以前からミステリ100選に選ばれている作品をようやく読んでみた。
これもユーモア密室物(いわゆるバカミス系か?)。
アメリカ探偵作家クラブ賞受賞作品。
本国では1949年刊行、日本では1961年初版なのでさすがにちょい古めか。
特に言い回しなんかが人によってはまどろっこしく感じるかもしれない。
��わたしのことですが)
逆にのんびりした感じが良いと思う人もいるかもね。
たまにはこういうのも読まないと現代ものばかりだと殺伐としてしまうよ。
捜査をする頭がよくない警部がもっと駄目駄目だったらもう少し笑えたと思う。
わたしは、終りから15ページくらいでやっとトリックが解りました。
かなり遅めですみません。
犯人はかなり計画的なわけで、わたしが陪審員だったら情状酌量にはしないでしょう。
表紙は登場人物たちが健康体操をしているところ。表情が笑える。
「大魚の一撃」カール・ハイアセン 扶桑社ミステリー
新聞社の元カメラマンで現在私立探偵のデッカーは、高額賞金付きバス釣りトーナメント
の不正を調査し証拠写真を撮るように依頼される。先に調査を行っていた男は殺されていた。地元にいる新聞社時代の友人ピクニーに協力してもらい調査を開始するうちにスキンクという奇人ガイドに出会う。やがてピクニーも殺害され、デッカーも銃撃される。
よくできたエンターテインメント。長いけどテンポが良いため全然だれない。
しかし、物語ものがたりしているのはどうなのか、と感じる人もいるかも。
ハイアセンの作品はこれを含めて2冊しか読んだことがない。
アメリカほら話の流れを汲んでいるのか、「HOOT」にも言えることだけど
独特の読後感が残る。
作者には悪質開発業者による自然環境破壊がテーマにあるみたい。かといってシリアスではない。結構軽いノリだったりする。「HOOT」の場合はアナホリフクロウの巣がある場所を守ろうとする風変わりな少年の物語だった。
この作品では開発から自然を守れなかった変わり者スキンクが登場している。このスキンクが主人公より存在感があって、森の中の小屋に隠遁し、道路で車に轢かれた動物を拾って食べてたりする。
他にもかなりいっちゃってる個性的な登場人物たちが入り乱れる。
「クッキング・ママの名推理」ダイアン・デヴィッドソン 集英社文庫
クッキング・ママ・シリーズの第3作目。
主人公ゴルディの息子と同居人の少年が通う私立学校での殺人事件。
なんだか登場人物がほとんど嫌な奴ばっかりなんだけど…。
ケータリング先のお客に暴言を吐かれても、商売だから我慢しなきゃならないし,
主人公がウィットにとんだ受け答えをするわけでもなし。読んでるこっちがストレスが溜りますよ。
アメリカのケータリング屋さんて大変だろうなあ。宗教によって食べられない物があるし、ベジタリアンにも種類があるから。
そういえば日本のベジタリアンてあまり目立たない存在ですね。わたしは会ったことがないです。
ケータリングを始めてみたい人には参考になるかもしれません。たとえば、〈ソーセージと塩漬けキャベツ〉は〈シュクルート・ガルニ〉というように、料理の名前には必ずフランス語を使うこととか。
ストーリーは、アメリカの大学受験に関する学校行事のところががわかりにくかった。
あちらも有名大学への進学は大変なんですね。
小さい町を舞台にしたシリーズには避けて通れない“主人公の死神化”の初期徴候が
現れてます。つまり、主人公が行くところ必ず死体ありというものですけど。
ミステリとしては、これを原作にサスペンス劇場:仕出し屋お母ちゃんシリーズを作れそうかな?くらいのレベルです。
主人公は榊原郁恵(すこし年とり過ぎか)、
主人公の友人マーラ役は井森美幸のデリ×デリコンビ。
あるいは定番片平なぎさ、山村紅葉コンビだろうか?
そうなると、恋人の刑事は船越か…。
「舞台裏の殺人」キャロリン・G・ハート ハヤカワ文庫
☆☆☆
いつもはamazonから無断で本の画像を借用しています。
本当にすみません。
ところで、古い本は画像がないので自分で描いてみることにしました。
あくまで洒落ですので・・・見逃して下さい(苦)。
ミステリ専門書店の店主アニーが所属する地元劇団は、リハーサル中に
何者かに嫌がらせを受けていた。騒動の中ついに殺人事件が起きる。
被害者には劇団員の多くが反感を抱いていたが、アニーの婚約者マックスが
容疑者にされてしまう。アニーは自分で犯人を突き止めるようとする。
かなり読みやすいコージー・ミステリです。青木久恵さんの訳が良いのでしょうか。
数々の海外ミステリの作家や作品名が出てくるので、読んだことのある名前があると
結構嬉しくなります。巻末にミステリ・ガイドが付いていて親切です。
古今のミステリを参考に謎を解こうとする主人公や、色々な探偵に成り切る
ミステリ好きの婦人ヘニーのマニアぶりが可笑しい。
気になるのは、巡回法務官があまりにかけ離れてバカなのと(ちょっと、やり過ぎ)、
動機についての伏線の張り方が弱いこと。
また、ポルシェに乗った金持ちの婚約者と主人公がいちゃつくのが少し嫌みですが、
海外ミステリファンは読んでおいても損はしないでしょう。
「空白のページ殺人事件」K・C・コンスタンティン 中公文庫
昔、炭坑で栄えた町。
凋落した炭鉱所有者の屋敷は、今では学生相手の下宿屋になっていた。
その一室で地元カレッジの女子学生の絞殺体が発見される。
死体の上に残された一枚の白紙のタイプ用紙。
市の警察署長バルジックと州警察の警部補ジョンソンが捜査に当たるが、
捜査が進むうちに彼女の生い立ちがしだいに明かになる。
下宿屋の老婦人の話し相手をする以外、彼女には友人はおろか話をした人間さえ
ほとんどいなかった。
それは彼女が子供のころ両親とドライブ中に交通事故で両親を亡くしたうえに、
事故の原因になった男の一言で心にひどい傷を負っていたためだった。
やがて彼女は育て親の叔父夫婦や幼なじみの励ましで、将来、秘書になるため大学に
入学したのだ。
バルジックが関係者から事情聴取するうちに奇妙な事実が明かになる。
それは彼女が苦手にしていた英語のレポートの評価が、二人の英文科教師で
まったく正反対になっていたことだった。
初版は二十年前です。いつもながら古い本についてうだうだ言ってすみません。
以下、多少ネタばれがあります。
わたしがミステリに求める読後感は“あー、面白かった”です。
だから、お気楽コージー・ミステリが好みです。
ところがこの作品は、辛い、滅入る、哀れ。被害者が気の毒すぎる。
被害者と同じくらいの挫折を味わった犯人を持ってきたつもりかもしれませんが、
わたしは不服ですね。なんだこいつって感じです。
読者を納得させるには、犯人に被害者よりもっと大きな悲劇を過去に体験させるべきでした。
そして最初から登場させていればもっと良い作品になっていたと思います
��わかんないけど)。
ミステリにはなんのひねりもありません。
犯人も被害者との接点もすぐに予想出来ます。
それと被害者以外の登場人物の描き方が中途半端だと思います。
詩人かぶれの英文科教授や体育教師など。
社会派ミステリではないと思うんだけどなあ…、
ミステリの味付けをした『アメリカの悲劇』なのでしょうか?
Re: この頃のキングは…
いまさらですが、やっぱり「霧」ですよね。これは傑作だ!
アンソロジー『闇の展覧会』で初めて「霧」を読んだのはかなり前になりますが、
湖の向こうから徐々に迫って来る白い霧や何百匹もの気味悪い“虫”がついた巨大な脚が車の側を
ドスンドスンと通って行くイメージがずっと残っています。
もやとか霧に遭遇するたびにこの作品が条件反射のように思い浮かびます。
スーパーマーケットに閉じ込められた人たちの変化していく精神状態を巧みに描いていますね。
異常な状況の中で、日常の仕事を続けることで精神の安定を保っていたが、
仕事ができなくなると老女のオカルト思想にはまってしまう男。現実を受け入れられず
店の外に出て行った人たちなど。
ところでこの作品が映画化されるそうですが、いつ頃観れるのでしょうかね。
「握手しない男」
ボンベイ帰り、呪術がでてくる古風な奇譚つう感じですね。
「ウェディング・ギグ」
ギャングとジャズ・エイジの雰囲気が良く出ている話。リング・ラードナーの短篇に
ありそうです。主人公のジャズマンが冷めて一歩退いているところが人情話にならず
に良い。自分が太っていることで、兄が殺された思う女と人種差別を受ける黒人のジャズ仲間について「デブは食べるのをやめりゃいい。だが、ビリー・ボーイ・ウイリアムズの場合、できるのは息を止めることだ」なんて。
「カインの末裔」
これは長編のエピソードを切り取ったような含みのある話。
少年が犯行の前に「すすり泣いた」のは何故なのだろうか?
「死神」
いわくつきの鏡。そういういわれのある物や場所には近付かないのが一番。
万が一ホントだったらどうするんですか?
「ほら、虎がいる」
これは分かったような分からないような話ですねえ。そういえば子どもの頃、自宅に
ライオンがいる夢を二回ほど見たことがあります。キングも見たのか?
「怯える屋敷」バーバラ・ニーリイ ハヤカワ文庫
黒人家政婦のブランチは、つまらないことで禁固刑の判決を受けたが、
偶然、警察の手から逃れ、金持ちの別荘で身を隠して働き始める。
そこには老いた女主人とその姪夫婦、甥が暮らしていた。一家には財産を
めぐる確執があるらしく、屋敷には不穏な空気が漂っていた。
やがて、屋敷に出入りしていた保安官の自殺の知らせが入るが・・・
訳者の坂口玲子さんがあとがきで書いているように、TVドラマ〈家政婦は見た〉シリーズを思い浮かべました。見たことないけど。
作者は黒人女性で人種問題や貧困問題に取り組む運動家でもあるらしく、人種偏見、
差別についての話がでて来きます(堅苦しくはない)。そのため、舞台は90年代なのに50,60年代の作品のような感じを受けました。
主人公は、黒人であったり家政婦ということで差別したり偏見を持ったりする白人に対してかなり辛らつな意見を吐きます。「家政婦が陽気なおバカさんに見えると、安心する雇い主が多い」など。
また、黒人に対しても、雇い主から“自分が家族のように愛されている”と思っている黒人は「くろんぼ病」にかかっているといいます。「最低の賃金しか払ってくれない相手から、じつは自分は愛されているのだなどと、どうすれば信じこむことができるのか」と。
普段、「白人」の側から書いたミステリを読むことが多いわたしにとって、主人公の独白にはかなり違和感がありました。主人公が不平、不満ばかり言っているような気がして。
しかし、表面的なきれいごとではすまされない、差別される側の本音が少しわかったように思います。年月は経っても人種差別は相変わらずのレベルなんだなあと再認識しました。わたし自身の見方もいつの間にかメジャー側になっていたようです。
推理小説としては、ミステリに集中できなかったりするのが弱点かもしれません。
あと、家族、友人と電話で頻繁に話したりして緊迫感がない。
難しくて重いミステリに思えるかもしれませんが、全くそんなことはありません。
アガサ賞を受賞しているし、ユーモアミステリ(?)の範疇に入る作品だと思います。
「音のない部屋の死」ハーバート・レズニコウ ハヤカワ文庫
倒産寸前の音響メーカーに革新的な新スピーカーを売りつけた老人が殺された。
殺人の現場は完全防音された実験室で、密室も同然の状況だった。
しかも老人が何者であるのかを知る者はなく、犯人の動機さえわからない。
投資会社の社長でやり手の父親と哲学者で世間知らずの息子の凸凹親子が
不可能犯罪の謎に挑む、ハートウォーミングな本格派パズラーの好編。
ー裏表紙紹介文よりー
現実主義の父親とペダンティックな息子のかみ合わないやり取りが
面白そうだと思うでしょ? 凸凹親子なんてユーモアものと思うでしょ?
“ハートウォーミング”だからほのぼのとした読後感だと思うでしょ?
・・・全然でした。
わたしは、コンクリートブロックの上にスピーカーを置くような人間じゃないし、
ウーファーやらツイーターやらは、今回ネットで調べて理解したくらいのレベル。
だから、音響とかにはあまり関心がないわけです。
六人の容疑者は、皆似たり寄ったりな印象で、訳者の坂口玲子さん(!)があとがきに書いているような“六人の性格を的確に描きわける手並みは鮮やかなもの”とは思えないんですけど。四人くらいで良かったんじゃないの?六人に話を聞いてまわるのでいいかげん飽きた。
それから、犯行現場になったデッド・ルームと呼ばれる音響実験室の配置がわかりにくい。見取り図を付けて欲しかった。
音響メーカーに投資していた会社社長が、25歳の息子を一人前の男にするため親子で事件を調べることになったのですが、なんだか過保護な親ばか親父が頼りない大人しい息子を溺愛してるみたいで少しひく。息子は最後まで存在感がない。登場人物の誰にも魅力を感じられなかった。
「本格派」の悪いところがでた作品ではないでしょうか?
「ゴースト・パラダイス」テリー・プラチェット 講談社文庫
労働者階級が住むロンドンはずれの街にある寂れた墓地を
市議会が開発業者に5ペンスで売却してしまった。
ほかの人たちが見えないものが見える主人公の少年ジョニー。
ジョ二ーとの出会いによって活性化(?)した死者たちは
彼に自分たちの意見を市議会に伝えて欲しいと頼む。
彼は友達三人を巻き込んで墓地の保護活動に係わることになる。
これはヤング・アダルトに入るのかなあ?ミステリではないユーモアものです。
作者は、知ってる人には有名らしいテリー・プラチェット。わたしは知らない。
死者(幽霊よりは誇りをもっている)のひとりが出てきて、マイケル・ジャクソンの
ムーンウォークを真似するので、ハリウッド映画みたいなわざとらしい展開になるのかと
思いました。以下、ネタばれあり。
作者は生者と死者を対比させたいのかな。
活気のない取り残されたような街と誰も墓参りに来ないうら寂れた墓地。
少年たちは大人になって早く街を出て行きたいと願っているし、死者たちも審判の日を待っている。ともに今自分たちのいるところから抜け出したいと思っている。
ファブラーもオルダーマンも街の外に世界が広がっていると同じようなことを言っている。
軽く読めるわりにテーマは結構深遠だったりするような、でも、説教臭さはないです。
墓地は残されることになったのに死者たちは行ってしまう。
死者たちが次々と旅立つ日、ジョニーは死者の一人に訳を尋ねる。
“それは今日が審判の日だからよ。わたしたちで決めたの。”
“しょせんお墓は生者のためのもの。”
「さまよえる未亡人たち」エリザベス・フェラーズ 創元推理文庫
☆☆☆☆
休暇中にスコットランドの島を訪れた主人公ロビンは変死事件に巻き込まれます。
死亡したのは同宿していた「未亡人」を自称する中年女性四人組のひとり。
フェラーズ、ノンシリーズの一冊。
フェラーズは巧みですね。彼女の作品は“猿”と“蠅”(略)とかしか読んでないけど,
トリックは別としてこれが一番感心しました。スコットランドの自然描写がとても上手です(行ったことないけどね)。
最近やたら長い描写だけで、イメージが全然湧いてこない作品が多い中で簡にして要といったところですか(最近覚えた言葉を使ってみた)。
「未亡人」四人もよく描き分けられていると思います。構成もしっかりしてるし。
読み返すと伏線がはっきり示されているのに感心します。まるでクモの巣のように
伏線とミスディレクションが張り巡らされていて、見事にわたしは糸に絡めとられてしまいました。恐るべし!フェラーズ蜘蛛。
彼女の作品は謎解きがひねりすぎて、終盤イライラさせられることがあるけどそれも気になりません。
なお、画像はわたしのイメージなので実際の表紙とは異なります。でかくなってすみません。
「一寸の虫にも十分の毒」川合述史 講談社
☆☆☆☆
主に昆虫毒について書かれた本です。
やはり、ミステリファンたるもの各種の毒については理解を深めておきたいものですね。
また、将来、完全犯罪の計画が必要になるかもしれませんから、そういう点でもおさえておきましょう。
特にクロゴケグモ、スズメバチ、ジョロウグモの毒がどういう生理的メカニズムで作用していくのかについて、わたしのような素人にもわかりやすいように書いてあります。
また、研究経緯や虫の採集の苦労話も楽しめます。
すこし、カタカナと専門用語が多いけど。
クモの仲間でもクロゴケグモの毒はシナプス前膜にはたらき、ジョウロウグモ、コガネグモの毒はシナプス後膜にあるグルタミン酸受容体を阻害する。さらに、クサグモ類の毒はカルシウムチャンネルを疎外するそうです。
なぜこのように種によって違う毒をもっているのか?著者は出現時期、生息場所、えさの種類によってすみわけているのではないかと考えています。
クロゴケグモよりさらに危険なのはスズメバチで、特にオオスズメバチ毒はテトロドトキシン(フグ毒)に作用が似ているそうです。これが一番使えそうですね。
ジョロウグモは人間には全く危険はありません。
逆にジョロウグモ毒は虚血性脳疾患に利用できる可能性があるとのことです。
��毒草については『毒草を食べてみた』植松黎 文春新書 が詳しいので
参考にして下さい。
「金曜日ラビは寝坊した」ハリイ・ケメルマン ハヤカワ文庫
再任をめぐって信徒会の中で評価が分かれる主人公のラビ、デイヴィッド・スモール。
教会の敷地で若い女性の絞殺体が発見され、そばに停めてあった彼の車の中から被害者のバッグが見つかる。彼を辞めさせようとする動きが強まるなか、さらに立場が悪くなっていく。
ラビとはユダヤ教の律法学士のことだそうです。律法学士ってなに?
ラビ・シリーズの中で一番評価が高く、絶版を免れている作品ですね。
読んでなかったみたいです。期待して読んだわりには、それほどのものか?って感じ。
全体にバランスが良いのですが、犯人が解りやすいですよね。こっちだって、だてに数々のミステリ小説にはめられ、ひねた性格になったわけじゃないんだからさ。
最初に四人の容疑者が示されているけど、もっとそれぞれに怪しい行動をとらせていれば読者を惑わせられたのにおしいぃ。その容疑者の記述も後半少なくなっているし、
最後もあっけなさ過ぎると思う。
もっと犯人に語らせるなりしたほうがよかったのでは?と思った。
肝心の決定的証拠が示されないままですよね。
信徒会のメンバーとか警察署長とか個性的で面白かったですよ。
宗教全般に興味がないのでユダヤ教の講釈などはよくわかりませんでした。
「探偵になりたい」パーネル・ホール ハヤカワ文庫
ひさびさの読まず嫌い本。
どこの古本屋さんでも見かける本。
実は「ポール・バーネル」だと思っていた本。
主人公は弁護士事務所と契約している事故専門調査員。
当然、アル中、ヤク中、ゲイ、恐竜いずれでもない。トラウマもない、ドロップ・アウトもしてない。料理に一家言持ってるわけない。
結構、脱力系。妻子持ち。銃をつきつけけられたのは一度だけ、それも相手の誤解が原因。人を殴ったこともない。警官を見ると何もしてないのに後ろめたくなる。
あまり使われてないけど、これ“ソフトボイルド”?
やることなすこと上手く行き過ぎるような気もするけど…
警察にまかせれば済むものを、自分で犯人捜しをする理由は何なんだろう?いくらなんでもそこはちゃんと説明したほうがよくはないのか?
役者や小説家を目指したが挫折し、うだつの上がらない調査員をしている反動がでたのだろうか?
読後、ジェームズ・サーバーの短篇集『空中ブランコに乗る中年男』の中の「ウォルター・ミティの秘められた生活」やマーク・ショア『俺はレッド・ダイアモンド』のサイモンを思い浮かべた。でも、妄想系ではないですよ。
ストレスなく読めて気分転換にもってこいの作品。
「心やさしい女 ーフランス・ミステリ傑作選(2)」カトリーヌ・アルレー他 ハヤカワ・ミステリ文庫
超有名な作家の作品も収録されています。ただし、1985年発行。
「ロドルフと拳銃」ノエル・カレフ
心変わりした女を射殺した男から拳銃を貰った子ども。彼は母親のために父親になってもらう男を探していた。拳銃のことを誰にも言わないかわりに男に父親になってもらう約束をしたが…夜のパリの街を逃げまわるこども。
ユーモアとペーソスのある短篇映画のようでした。
「階段に警官がいる」トーマ・ナルスジャック
復讐を果たした男の日記の形をかりた心理サスペンス。
「対案」ピエール・ボアロー
いとこの妻と図っていとこを殺害しようとした男。結末にスパイスが利いてます。
「ピエトルモンの夜」クロード・アブリーヌ
スリラーものだろうがあまり恐くなかった。
「すてきな片隅」ローラン・トポール
コクトーの“アンファンテリブル”といった感じでしょうか(読んだことないけど)
自殺志望の男と子供の会話。口の内が苦くなるような読後感です。
「甘い、甘いミュージック」クロード・シャブロール
ふられた男が女に復讐しようとする倒叙型サスペンス。
それほどのひねりがあるとは思えません。不思議な感覚。
「罠」ジルベール・タニュジ
ふつう。スパイもの。
「葬送爆弾」ジャン・フランソワ・コートムール
妻を寝取られた警護係が大統領と妻の爆殺計画を練る。
たいしたことない。
「心やさしい女」カトリーヌ・アルレー
アルレーらしい“心やさしい女”が死体を処分する方法は…
淡々とした日常生活との対比が可笑しい。
「金の斧」ガストン・ルルー
20ページにも満たない作品ですが、悲運、疑惑、恐怖、後悔、様々な感情が詰め込まれていて読みごたえがありました。しかも、結末には驚いてしまった。さすがに『黄色い部屋の秘密』、『オペラ座の怪人』を書いたルルーだけありますねぇ。
少しあらすじを紹介してみます。
“わたし”は旅先でひとりの謎めいた老婦人と知り合い、彼女の過去の話を聞くことになる。若い頃、彼女が結婚した相手はもの静かで誠実な青年だった。しかし、材木関係の事業を営む父親が亡くなり、家を継ぐために故郷に帰ると夫の性格が一変してしまう。
何か隠し事や心配事があるらしい。
ある日、彼に遺産を残すと言っていた時計商が斧で惨殺される。夫の行動に不審を抱いた彼女は夫のトランクの中に血まみれの服と斧を見つけてしまう。やがて時計商殺しの犯人として別の男が逮捕され、処刑されることになる。夫を真犯人と確信した彼女は裁判所に向かうのだが…
「森の木陰で」メアリ・アン・ケリー ハヤカワ文庫
つまらなかったぞ。
言わせてもらうぞ、メアリ。
まず、裏表紙のあらすじの一部、
「事件解決に奔走する三姉妹の姿をユーモアたっぷりに描く爽快なデビュー作」
とあるが、もし、わたしの持っている本に落丁がないかぎり三姉妹が奔走する場面は全く出てきません。これ書いた人、どこでどう読み違えたらこんなコメントが書けるのだろうか?
「ユーモアたっぷり」と訳者の猪俣美江子さんもあとがきに書かれているが、猪俣さんと
わたしの“ユーモア”の定義と“たっぷり”の基準には大幅に隔たりがあるみたいです。
これはミステリ小説というより出来の悪い恋愛小説でしょう。女性ミステリ作家はミステリに恋愛を書き込むのが上手ですが、この作品はミステリとしては失敗作で恋愛小説にサイコが刺身のつまのように添えられているだけです。その恋愛物語も目新しい話ではない。
ポルシェを乗り回すポーランドの外交官とオンボロのアメ車に乗る上品とは言えない刑事
の対比は型通りの設定。主人公と刑事が喧嘩しながらも惹かれ合うなんて…なんて…
刑事ジョニーの子供時代の恩人であるレッドは重要な存在であるはずがチョイ役で一度出てくるだけ。巡査で妹のジニーはいったいなんのために描かれているのかと思うほど存在感がない。
この終わり方では犯人の動機や背景があまりにも説明不足でしょう。なんでもサイコにしてしまえば良いというものではないよ。しかも気の抜けたサスペンスのないサイコだし。
以上で悪口おわり。
余談ですがこの題名のせいで“森の木陰でどんじゃらほい♪シャンシャン手拍子足拍子♪”の歌が頭から離れません。
「薔薇の殺意」ルース・レンデル 角川文庫
ウェクスフォード警部シリーズの第一作目。
容姿も普段の生活もきわめて平凡な30歳の主婦が絞殺体で発見される。
しかし、遺品の中に彼女に思いを寄せる献辞が書かれた多数の本があった。
という導入部はかなり興味を引かれます。
今の警察ものは、主人公の刑事がかなり個性的だったり、同僚と恋愛させたり、複数の事件が起きたりして作家がいろいろ工夫してますよね。そんな作品を読んでいるから、どうしても盛り上がりに欠ける感がありますね。作品に古くささは感じないけどあっさりしているような。事件が起きて二人の刑事が現れ、いつの間にか解決していました、はいおしまい、みたいな。
二人のおじさん警部ではやはり地味になるのは仕方ないのか。被害者、加害者を含め登場人物たちもなんか魅力的な人がいない、どうでもいいような人ばっかり。(レンデルが下手と言ってるのではないんですよ)
あくまで初期のものをランダムで四冊を読んだだけの感想ですが…
犯罪捜査以外の派手な展開はいらない。心理描写、人間描写に優れているから余計な要素はいらないというレンデルのスタイルなのでしょう。
たしかにどの作品も平均以上の出来です。
「ミステリ講座の殺人」キャロリン・G・ハート ハヤカワ文庫
前回読んだ「舞台裏の殺人」ではミステリマニアのヘニー・ブローリーのキャラクターが強烈な印象でしたが、今回は彼女の他にさらにパワーアップしたローレルとドーラ・ブレヴァードがタッグを組んで登場!
それぞれクリスティ、ラインハート、セイヤーズの熱狂的ファンの三人が大学でミステリ講座を受け持つ主人公アニーのクラスに聴講生として出席したから、アニーにとってはかなりプレッシャーになります。その上、学内にスキャンダルが発生し殺人事件まで起きたものだから、三人は尊敬する作家や探偵の推理方法を使って、やたら張り切って調査を始め出したりして…
「舞台裏の殺人」より面白かった。この三人はサイドストーリーができそうなくらい個性的ですね。主役を食ってました。また、犯人がこの強力トリオに対抗できるくらいに存在感があるかというと少々疑問です。
相変わらずミステリ好きが喜びそうなネタふりもあります。巻末のミニ・ミステリ・ガイドが今回も付いていますが、調べて書く作業も大変でしょうね。きっと編集部にすごい知識を持った人がいるのでしょう。
「おかしなことを聞くね」ローレンス・ブロック ハヤカワ文庫
☆☆☆☆
この傑作集は70年代後半から80年代前半の作品が収録されています。
やはり時代を経ているせいか、それなりに微妙な感じの作品やオチに
こだわり過ぎているような作品もあるように思います。
そのあたりから展開がわかってしまうような話もありますが、切り口と語り口が上手いから飽きずに楽しく読めました。ミステリというより毒気がある作品が多いですね。
「食いついた魚」「動物収容所にて」「あいつが死んだら」はなんだかキングの
短篇みたいです。ブロックがこんな作品を書いていたとは知らなかった。
若干ユーモアがあるのがブロックで無気味さが増すとキングになるのでしょうかね。
「成功報酬」「詩人と弁護士」
弁護士エイレングラフが“喪黒福造”に思えた。このキャラクターは良いですね。
彼の言う通り外科手術も成功報酬制にすべき。
「ハンドボール・コートの他人」「泥棒の不運な夜」
ともにありがちな展開。ハンドボールってスカッシュのことなのかな?
「道端の野良犬のように」
カルロスを思わせる国際テロリストが登場する異色作品。展開が読めなかった。
「我々は強盗である」
風景も登場人物もみんな乾いた、いかにもアメリカ的な印象が残りました。
「一語一千ドル」
短篇を出版社に売っていた当時のブロックの気持ちがよ~く分かる作品。
「アッカーマン狩り」
アッカーマンという名前の人物が次々に殺されるサスペンス。
日本では一つしかない名字を持った人を順に殺していく
『全国珍名殺人事件』が有名…(嘘)、誰か書いてね。
「保険殺人の相談」
ブラックユーモアもの。それほどのものでは。
「おかしなことを聞くね」
中古ジーンズを大量に古着屋に卸している会社は
どこから穿き馴れたジーンズを仕入れてくるのか?
一体どんな人が穿き心地の良くなったジーンズを手放すのか?
「夜の泥棒のように」「窓から外へ」
それぞれ泥棒探偵バーニイとマット・スカダーが登場します。
「無意味なことでも」
あと口が悪い。
「クレイジー・ビジネス」
殺し屋業界で伝説的な名声を博した男のもとに若き殺し屋がやって来て、
殺し屋稼業の四箇条を教えてもらう。最後の四箇条目とは…
「死への帰還」
自分を殺した犯人を見つけなければあの世に行けないと
生き還らされた男の話。面白い趣向だけど犯人に意外性がない。
「自殺の殺人」エリザベス・フェラーズ 創元推理文庫
飛び下り自殺を止められた男が翌朝、職場で死亡しているのが発見される。
自殺なのか他殺なのか?
自殺だとしたら原因は何なのか?
他殺だとしたら自殺しようとした男をなぜ殺さなければいけなかったのか?
という割りには他殺でストーリーが進んでいってるように思えるんですけど。
だって警察も他殺って言ってるじゃないですか。
で終盤になって実は自殺なのかも、という証拠が出てきたりするけど
遅きに失するような。
以下、ネタばれあり。“トビーとジョージ”シリーズを未読の方も読まないで下さい。
つまり作者としては実は他殺と見せかけた自殺だったのだと、一度読者を驚かせたいのですね。
そして、最後にもうひとひねりしてホントは他殺なんだよ、と謎解きをすることで
読者をもっと驚かせたいわけです。そういう展開にするには、あまり最初から自殺の可能性を強く印象づけるとサプライズ効果が薄くなるというジレンマがあったのではないのでしょうか?
最初の謎解きが効果的であればあるほど最後の解決が一層際立つわけですから。
その微妙なバランスが崩れて作品全体がどっち付かずのストーリーになってしまったのではなかろうか?
また、前作「猿来たりなば」においてトビーが“迷探偵”ということを知っている
読者は、端からトビーの推理を疑ってかかるので彼の謎解きを信じないのですね。
最後にどんでん返しがあることを学習しちゃってるので。
わたしが思うにトビーとジョージをシリーズ化した時点でこの弱点が発生したのです。
以上いろいろ言いましたが、フェラーズの作品はただの謎解きだけの小説ではないのでぜひ読んで頂きたいです。
「地球温暖化を考える」を考える。
☆☆
以前、フランスの科学者が牛のげっぷも温暖化の原因になる、なんて言ってる報道が
あって冗談半分なのかと思っていたら、メタンガスの温暖化効果ってCO2の20倍から60倍の効果があるんですと。
地球が温暖化しているとか寒冷化してるとか、CO2の所為とか違うとか、一体どうなってんの?というわけで読んでみました(実はbオフで百円だったので)。
この本は『地球温暖化の経済学』(岩波書店)の内容を一般読者、中高生向けに書いたものだそうです。だから、序章から第三章までなんだかジュニア新書みたいな書き方だったのね。それに著者は経済学者だったんだ。しかも、かなり偉い学者なんだ。最初のはしがきを飛ばしてたのでわからなかったんだ。(だったんだ現象)
地球科学の専門家が温暖化現象について書いているのかと思ってました。それにしては
これまでの流れを説明するだけで、あまり興味を引くような記載がないように感じたのは
そういうことだったのね。(と偉そうに言ってみる)
第四章からいきなりトーンが変わったのでなんだこれ、と思ったんですよね。
ダムとか自動車とか自動車道路とかの現代文明と経済活動の負の部分が、いかに自然環境の破壊と人々の生活にたいして決定的な打撃を与えてきたかを産業革命まで遡って書いてあります。「むつ小川原の悲劇」とか「地球温暖化と成田問題」の項はちょっと細か過ぎといった感もありますが…
大気は、地球全体にとっての社会的共通資本であり、大気中のCO2濃度の安定化のために
炭素税(環境税)と大気安定化国際基金(後に世銀炭素基金)構想が述べられています。
'95年発行なので'97年の京都議定書 については言及されていません。京都議定書後の状況とアンチ地球温暖化に対するきちんとした科学的反証を読みたいです。
トヨタって経常利益が一国の国家予算に相当してますよね。
関連本
『地球温暖化を防ぐ』
「殿下と七つの死体」ピーター・ラヴゼイ ハヤカワ文庫
水戸黄門や暴れん坊将軍みたいなもんですよね。
ヴィクトリア女王の長男、皇太子アルバート・エドワード(バーディ殿下)はイングランド中部バッキンガムシャーの貴族の大邸宅に狩猟パーティーのため滞在していた。
月曜日、晩さんの途中で突然倒れた招待客の女優が病院で死亡したとの知らせが入る。
火曜日、その女優のパトロンだった公爵が自殺する。
水曜日についに殺人が起きる。
王室や上流階級のスキャンダルになってしまうので警察に通報するわけにもいかず、
また、自分を名探偵だと思い込んでいるバーディ殿下は事件を解決したくて仕方がない。
でも、ますます死体は増えていく。本格派ユーモアミステリ。
シリーズ第一作目の『殿下と騎手』より面白かったです。
クリスティ生誕百周年を意識して書かれたらしく、クリスティのある作品を思い起こさせるような設定になっています。
警察が捜査すれば簡単に解決できそうな事件なのに、ラヴゼイが上手なのは時代設定をヴィクトリア朝にもって来て、やんごとない身分の方々を登場させ警察に介入させない状況を作ったところでしょう。クリスティの作品のように派手で劇的状況ではないけど、こんなふうにも書けるんだよというラヴゼイなりの彼女へのオマージュなのかな(少し、対抗心ありの)。
「ニューヨーク・デッド」スチュアート・ウッズ 文春文庫
マンションから突き落とされた人気女性キャスターが病院へ運ばれる途中に行方不明になる。落下現場に居合わせた刑事が犯人と被害者の行方を追う。
ジャーナリストが被害者なので権力機関の謀略ものかと思ってましたが違ってました。
途中で主人公の刑事が辞職して弁護士になったりして…なんか間延びした展開。
訳者あとがきにもあるように、いかにも“ハリウッドのアクション映画”的物語。
ノベライズと言ったら言い過ぎかもしれないけど軽い読後感。
あるいはレンタルビデオを一本観終わったような気持ち。
どうなんだろう、グリシャム、デミル、ディーヴァーに通じるマクドナルド型エンターテイメント小説というようなものは。『警察署長』は傑作だと思うのですが。
たしかに原作は'91年だから当時読めばまた違った感想なんだろうけど、こういうエンターテイメントを読み馴れてしまった身には、もういいかなあ。ウッズに罪はないけど飽きてしまってるんですね。
もう少しベッドシーンを増やしてカーチェイスもあったほうが読者受けするし…などというエージェントのいらぬアドバイスがあったんじゃないかと勘ぐってしてしまう。
あと、主人公がWASPでニューヨーク市警では少数派だということと、十二階から落ちた被害者が生きている可能性について終端速度という言葉を何回も出すのが面白かったです。
タグ:スチュアート・ウッズ
「ブラックウォーター湾の殺人」ポーラ・ゴズリング ハヤカワ文庫
☆☆☆
五大湖のブラックウォーター湾に浮かぶ人工島パラダイス島。
そこには十軒の家があり住人の多くは昔なじみだった。
画家のダリアはDVの夫から逃れて、島の伯母宅に身を寄せていたが、
そこにも夫の影がちらつく。
おりしも湾の開発話が持ち上がり島の住人たちの間に動揺が広がっていた。
ある朝、ダリアの夫の射殺死体が隣家の庭で発見される。
ダリアに想いを寄せる保安官マットが休暇中のストライカー警部補に助力を求めるという展開になります。
ストライカー・シリーズではなくブラックウォーター湾・シリーズの第一作だそうですが、これからシリーズの主人公になると思われる保安官マットの影が薄いですね。
そういうことなら、もうちょいマットを魅力的に描いてあげてたらと思うのですが…
きっとこの作品を書いた後にシリーズ化を思い付いたんじゃないのかなあ。
ストライカー警部補とトスカレリ部長刑事の会話がこっぱずかしいところがあります。
ミセス・トービイとミセス・ノートンの老婦人コンビ、副保安官パトナムやアドコック家族などユニークな人物が登場しますが、それらのキャラが微妙に軽いのは作者がコージー・ミステリにする意図があったためなのだろうか。もっとどろどろした人間関係を描いた作品かと思ってた。邪悪で深刻な動機を想像していたわりにはしょぼい結末。
でも、楽しめたしマットの活躍を期待して次も読みます。ニ作目がbオフにあったし。
「追憶のローズマリー」ジューン・トムスン 創元推理文庫
日本のブロガーの皆さんの間では吉田兼好が人気があるようですが、イギリスのミステリ作家はやはりシェークスピアをよく引用してますね。またかって言うくらい。この本の題名も『ハムレット』におけるオフィーリアの死の場面にかけてあります。
といっても、ローズマリーが浮かんだプールで殺されていたのは男ですけど。
それにしても、
なんだか毎回、毎回、フィクションとはいえ、殺したとか、殺されたとかブログに書くわたしは人格的にどうなんだろう?とふと思った。変わってるかなあ…
つづき、
ミステリはそれほど奇をてらったものではなく地味め、かなり展開に予測が付きます。
しかし、前半部分は視点が次々に変わりストーリーに入り込めるし、登場人物の心理描写がとても上手く飽きません。
ただし殺人が起きてフィンチ警部らが出て来るとテンポが遅くなるけど、これは仕方がないかな。
あと登場人物の設定が若干ありきたりなところが弱いかも。特に被害者はただの女たらしにすぎないし、家政婦頭の女性の考え方も現代的じゃないように感じたんですけど。
作者はこのフィンチ首席警部ものを18冊(!)とホームズのパスティーシュを何冊か書いているそうです。この人がレンデルのノン・シリーズみたいなものを書いたら面白い作品になりそうな気がします。
「だれも猫には気づかない」アン・マキャフリー 創元推理文庫
☆☆
amazonのレビューを見てみると、結構良い点数を貰ってるんですね。ふ~ん。
まあ、作品を面白いと思わなければ、わざわざここにレビューを書き込んだりはしないだろうから、結果的に高得点になるんだろう。フッ…でも、甘いよみんな、いくら猫本だからって…わたしはファンタジー系ジュブナイルといえども厳しく採点しますよ…などと軽く余裕をブチかましていたら、なんとこの作品は孫娘に捧げられているではないですか。ということはですよ、この本をamazonの人たちが評価しているにもかかわらず、あんまり面白くないと思ったわたしは「子供心」とか「純真」とか「ピュア」とかを失ってしまったということになるのですか?すれちゃって汚れちまってるわけ?そうだったのか…
それとも、猫が跳ねたり飛んだり化けたり噛み付いたりして、もっと活躍して欲しいと感じたわたしは「子供心」以前にただの「幼稚」なのか?どうなんだろ…
中世の公国の若き領主を、亡くなった摂政の飼猫が守って、領主の結婚を手助けしたり隣国の陰謀を防いだりするファンタジーです。小学生三四年向き(?)。
「サキ短篇集」 サキ 新潮文庫
「サキ傑作集」岩波文庫と同じく21の短篇が収録されています。どうして半端な21篇なのでしょうか?なにか意味でもあるのかな?
「サキ傑作集」とのだぶりは「二十日鼠」「狼少年」「話上手」「開いた窓」「宵闇」「セルノグラツの狼」「七つのクリーム壺」の七篇です。あの猫好きにはたまらない「トバモリー」が入ってない!どうも選択の基準が甘いような気がしますね。
岩波文庫版が発行されたのが'81年で新潮文庫版が'58年です。新潮文庫版は改訳や新訳
をせず当時の訳のままなのでさすがに古めかしいです。河田智雄訳とくらべて中村能三訳は直訳かと思うほど堅い感じがします。それが旧版と相まって見た目にもかなり読みにくい印象。そろそろ新訳と西暦表記もお願いしますよ、新潮文庫編集部さま御中。
岩波文庫版に収録されていない作品で今回気に入ったものを上げておきます。
庭に牝牛が入り込んだ家の女性と隣人の画家との毒のある会話がすごく可笑しい「肥った牝牛」、自己中心的なバカップル(古)がでてくる「十三人目」、「開いた窓」の登場人物の“姪”が再び現れたような「休養」。
岩波版は品切れみたいで現在は手に入らないようですが、もし目の前にニ冊あったら岩波版「サキ傑作集」を選ぶと思います。しかし、絶版にせずに長年出版してきた新潮社は偉い、と素直に誉めたいです。
「ハロウィーンの死体」ポーラ・ゴズリング ハヤカワ文庫
ハロウィーンといえば、スヌーピーとカボチャ大王が思い浮かびますね、……ね。
かなり時宜にかなった本、ブラックウォーター・ベイ・シリーズ第二作目。
一作目の「ブラックウォーター湾の殺人」より良かった。
ある男の死をきっかけに、三十年前ハロウィーンの夜に少年が事故死した事件の
経緯がしだいに明らかになっていく。保安官マットが調べる当時の関係者たちは、現在、町長を初めとして町の有力者や億万長者などになり、マットの周辺の人たちは調査に難色を示す。そして町を挙げてのハロウィーン祭りの会場で関係者の一人が殺される。
なんだかよくある過去ほじくり返し的陰湿系ミステリに思えるかもしれませんがそんなことはないです。基本的にコージーなので、ユニークな登場人物と猫のマックスのおかげで全体に明るいミステリになっているし、作者がハロウィーンのどんちゃん騒ぎの様子を楽しんで書いているような気がします。
一方、生前の少年の生い立ちや性格を母親や知り合いの女性に語らせることによって物語に深みを与えていると思います。それほどメインでない登場人物たちの表に現れない事情も丁寧に描き込まれていて感心します。このあたりの話になるとリリアン・J・ブラウンにとっては不利かなと…
前作にも登場した謎の家族「アドコック一家」が今回も町に現れますが、この先、どういう風にこのシリーズに係わってくるのか、結構楽しみです。
��マットの飼猫マックスの楽しみは、凍った歩道の上を人が滑ったり転んだりしながら通って行くのを見ること。
��リリアン・J・ブラウン…シャム猫ココ・シリーズの作者。
「パンプルムース氏のおすすめ料理」マイケル・ボンド 創元推理文庫
犬派は犬ミスに冷たいのか?
村上貴史さんが解説で、当初このシリーズが売れなかった原因として
色気、犬、フランスの三つの要素を挙げています。
うーん、犬はミステリにおいて敬遠されているのだろうか?「バスカヴィル家の犬」の呪いなのか?確かに猫ミスに比べると犬ミスって聞いたことがない。
基本的に犬はアウトドアだし、犬好きは外で遊んでばっかりで読書をしないのか?
犬派はミステリを読まないのか?
しかし、このシリーズがなかなか受け入れられなかった一番の理由は、やはり「お色気」なのでは?ドタバタ、ユーモアまでは許すがお色気は許さんみたいな。だって日本人は真面目な本格ミステリ好きだから。しかし、このフランス艶話的要素は、
「パンプルムース氏のシリーズは『イギリス人が描くフランス人』という事で(モンティパイソンのスケッチのように)フランス的なものを多少誇張しすぎているかもしれません」、
とamaguri313さんがわたしの以前の記事にコメントで鋭く指摘されているように、イギリス人作家ボンドの“洒落”なんですけどね。そこを意識して読んでみると、ドタバタ、お色気にしてもかなり上手にコントロールされて書かれていることが分かります。
まだ二冊しか読んでないわたしが小理屈こねてもあれなんですが…
このシリーズ一作目はグルメ犬ポムフリットがかなり活躍しているし、いろんなものに対する犬の立場からの感想が可笑しい。ブラッドハウンドを飼っている方はぜひ読んだほうがいいです。
「犯人にされたくない」パーネル・ホール ハヤカワ文庫
息子の幼稚園料という経済的な理由のため、再度保険会社の調査員を始めた
主人公ヘイスティングズは妻の女友達の問題を解決してやることになる。女友達のトラブルの元凶である男の家を訪ねた彼は男の刺殺体を発見する。
これ読んだ後、すぐに次作「お人好しでもいい」を手にとってしまった。
一日に2、3冊読めそうな軽さはペリー・メイスンシリーズっぽい。
メイスンよりヘイスティングズのほうが好感が持てますけど。
カテゴリーでは、なんだか中村主水みたいな昼行灯タイプなんですか?
一作目は人知れず事件を解決したんですが、第二作目の今回は殺人課のマコーリフ部長刑事に顔バレしちゃってますので、最初から疑われています。なので前作ほどの活躍はできませんが、それでも不思議なくらい事件が解決に向かうのはどうしてなんでしょうか?
普通、私立探偵って優先順位を無視した行き当たりばったりの調査をしながらも、どういうわけか事件の核心に迫って行くという不自然さを感じるものですが、このヘイスティングズは常道を行って結果をだしています。
プロの私立探偵が事件を解決してもあたりまえだけど、ヘイスティングズのような“アマチュア”が警察の鼻を明かしているところに爽快感を感じますね。まあ、彼が出しゃばらなければもっと早く上手く警察が解決してたかもしれないんですけどね。
でも、この主人公に何故だか妙に親近感が湧くのでした。
「ブック・フェスティバルの殺人」キャロリン・G・ハート ハヤカワ文庫
五人の作家たちのスキャンダルを小説化しようとしていた出版会社社長が
パーティーの席上で毒殺された。パーティの参加者の中にはアニーと五人の作家たちがいたが、毒が入っていたグラスにはアニーの指紋が付いていた。しかも、彼女は被害者と
口論していたのだった。
前回の『ミステリ講座の殺人』より面白くなかった。どうも、全体に冗漫です。
アニーが殺人容疑をかけられてテンションが下がり気味なうえに、あのローレル、ヘニー、ドーラの婦人たちが大人しい。三人それぞれ本を執筆し、それを出版してもらおうと一生懸命になり過ぎているみたいで…迫力が感じられません。
この三人がお節介をやいてアニーに迷惑をかけながらも活躍し、四人で解決してゆくパターンが魅力だと思いますが今回は失速ぎみ。主人公のアニーの場面が延々と続くので起伏に乏しく退屈してしまいました。ダーリング夫妻の相変わらずの仲良しぶりだけが目立って、はいもう分かりましたっていう感じです。今思ったんですがクリスティの“トミーとタッペンス”物をモデルにしているのでしょうか?
「幻のペニー・フェリー」リック・ボイヤー ハヤカワ文庫
主人公ドクの友人でメッセンジャーをしている男が飼い犬とともに殺される。彼が配達しようとしていた物が犯人の狙いだったらしく、それは過去に起きた冤罪事件に関する書類だった。ドクは義弟である警部補の捜査に協力するが彼の身にも危険が迫る。
この作品はミステリというよりは冒険小説です。と言っても、嵐の中の航海とか吹雪の中の登山とかではなくていわゆる“ご近所冒険小説”ですね。
主人公のキャラクターは全く違いますが、主人公の味方がマッチョで強い男ばかりなので、なんだかB・パーカーのスペンサー・シリーズを思い浮かべました。州警察の警部補の義弟、地方警察の署長、武術の達人、被害者の仕事のパートナーなど、味方多過ぎ。
主人公は口腔外科医という設定なので、P115に第三臼歯を抜歯する場面が出てきます。
その描写がすごく苦手でした。
「生きる読書」群ようこ 角川oneテーマ21
なんだか妙ちきりんなタイトルだこと。
このひとの本・読書関係のエッセイだけは結構読みました。外国文学のみの『本は鞄をとびだして』はかすかに参考になったような覚えがあります。
今回の本は“この月買った本”として一月約20~50冊、合計450冊ほどのリストが各エッセイの最後に挙げてあります。他人しかも作家がどんな本を買うのかって興味が湧きますよね。
エッセイの内容は、自分の身の回りのエピソードと絡めてさり気なく紹介するいつもの感じです。しかし、取り上げている本は一冊くらいなので、この大量の本をどれくらい読んだのかが分からない。資料として購入しているものもあるのでしょうけど、購入理由でも軽くコメントしてあればと思いました。まあ、雑誌の連載エッセイなので原稿枚数の制限があったのでしょうが。
P185以降の日経夕刊連載のエッセイは読書とは関係のない雑文って感じです。
ちなみに、この中でわたしが持っている本は、『東京に暮らす』サンソム、『森の生活』ソロー、『男の作法』池波正太郎、『ダヤンのスケッチ紀行』(モロッコ、イタリア、英国・アイルランド)池田あきこ、『二重らせんの私』柳澤桂子の計7冊。
見事なまでにかぶってねえや。
「マルクスの末裔」バリー・メイトランド ハヤカワ文庫
マルクスのひ孫にあたる老三姉妹が住む街の家々が不動産会社の再開発計画により
次々に買い上げられていた。
そんな中、家の売却を断っていた長姉が自宅で死亡しているのが発見され、殺人の
疑いが持たれる。
首都警察の刑事キャシーが担当になり、ロンドン警視庁の有名な主任警部ブロック
がアドバイザーとして派遣されて来た。重大な事件でもないのにといぶかりながらも
キャシーは彼と捜査を始める。そして、被害者と近隣の住人との間にトラブルがあった
ことが判明し、さらにマルクスの未発表原稿の存在も浮かび上がって来る。
しかし、結局、死因は病死との判断で捜査は打ち切りになってしまう。
数カ月後、今度は残された姉妹の一人が不審死を遂げる。
真犯人が解ったと思たんですけど…大ハズレ。
最後までどんでん返しでした。
まず、何故、辣腕警部が捜査の手助けに派遣されたのか、第二部の初めに明かにして読者の興味を再度引くところ、事件の背景に三つの要因を設定したところ。つまり街の再開発問題、近所の住人とのトラブル、マルクスの未発表原稿、それぞれに容疑者を配置して事件を多面的にし、被害者の人柄や性格を複数の視点から明らかしていく手法。
このあたり作者はかなり上手いと思うし感心しました。描かれる街の様子も独特で存在感があります。
どうしてこの作品が日本で話題にならなかったのかなあ。
参考文献として『資本論』の第一巻は読んでおいたほうが良いでしょう、
って冗談です。
「お人好しでもいい」パーネル・ホール ハヤカワ文庫
また読みました。軽いから。
今回、主人公ヘイスティングズはマコーリフ部長刑事に泣きつかれて、しぶしぶ個人的な調査を引受けることに。どうもマコーリフの娘婿がトラブルを抱えて、夫婦仲がぎくしゃくしているので原因を探って欲しいというもの。仕方なく娘夫婦の住むアトランティック・シティへ赴き、見張りを始めると夫婦ともに不倫をしている様子があり、妻には尾行が付いている。
関係者の家を訪れると、やっぱり死体発見!なんだか前回と似てる展開だなあ。
すぐに警察から目を付けられてるし、逮捕されてるし。
こんなに軽くあしらわれる探偵も珍しい。シャーロック・ホームズの時代からすると探偵の地位も扱いも落ちたものだ。
刑事から「ばか」「ドジ」「間抜け」なんて言われる探偵がいるなんて、ホームズ先生には信じられないだろう。
主人公よりも目立ったのは、警察や検察と対決したがる彼の雇い主の弁護士リチャードです。主人公に殺人の疑いがかかると取る物も取り敢えず駆け付けて来るけど、主人公が心配なわけではなくてただ自分の手腕を裁判で誇示したいだけなんですけどね。その身勝手さが可笑しいです。
というわけで、三冊目にして少々マンネリを感じるこういうタイプのシリーズ物の感想は難しい。
「フェニモア先生、宝に出くわす」ロビン・ハサウェイ ハヤカワ文庫
文中にiMacが出てきたことに驚きました。ハサウェイさんは林檎使い?
フェニモア先生は、かかりつけの患者から土地と財宝のありかを示した地図を相続したのですが、その土地はいわゆる沼沢地で使い道がない。現地へ行ってみると海賊の財宝伝説があり先生の夢もふくらみますが、旧家の土地をめぐる脅迫事件に巻き込まれてしまいます。
フェニモア先生シリーズの第三作目。
ホレイショの存在に違和感を感じたので、第一作から読んでおけば良かったかな。
古本屋に頼るという事情があるものですから、シリーズ物はなかなか順番通り読めないんです…
のんびりしたミステリですね。印象が薄いというか、なんだか物足りない読後感です。
良い人過ぎるフェニモア先生には、もう少し強力な個性が欲しいように思います。
ドイル夫人の活躍のほうが目立ってた。
題名から、『まやかしの風景画』(ピーター・ワトスン)のような宝探しがメインのストーリーになるのかと思っていたけど、あまり財宝関係の話は出てこなかったです。
あと無駄に長過ぎの気もする。
サールというマーマレード色の雌猫が登場します。
「ママは眠りを殺す」ジェームズ・ヤッフェ 創元推理文庫
安楽椅子探偵ママ・シリーズの三作目。
アマチュア劇団の『マクベス』公演初日、舞台上で殺人が起きる。劇中で暗殺される役者が実際に刺し殺されたのだ。折しも調査員デイヴは、部下のロジャーが脇役で出演していたために客席でその場面を目撃していた。
『マクベス』は呪われていて上演すると不幸に見舞われるので、リハーサルや本番中以外に劇場内では『マクベス』という言葉を口にしてはいけない、という言う伝えがあるためわざわざ「スコットランド物」と言い換えているんですね。
そういえばキャロリン・G・ハートの『舞台裏の殺人』にも、舞台上で『マクベス』の中の台詞を口にすると縁起が悪いというジンクスが出てきました。知りませんでしたが、結構ポピュラーな言い伝えみたいです。
演劇中に殺人が起きるという設定はブランドの『ジェゼベルの死』以来お馴染みですが、
かなり衝撃的だからミステリ作家としては使ってみたいトリックなのでしょうね。
でも本文中にもあるように、普通なら殺人と言うのは通り魔のせいにしたほうが良いわけで、観客の前で人を殺すメリットなどないのではないでしょうか。よほど合理的な理由がなければかえって不自然に思えるし、この作品にしてもそれほど納得のいく理由ではないと感じましたが。
ネタバレになるので詳しく書けませんが、殺人を犯した動機がこれではかなり弱いように思います。
デイヴとロジャーが一章ごとに交互に語る形式は良かったです。
「誰にでもある弱味 イギリス・ミステリ傑作選 '79」
☆☆
短篇を10話収録。
知っている作家は、ジュリアン・シモンズ、サイモン・ブレット、
エリス・ピーターズくらいです。
すべて'79年に発表されたものですから、ひねりが古いです。
おなじハヤカワ文庫から出ていたアメリカのアンソロジーの軽さと比べると、
やはりイギリスものは良い意味でやや重いかなと。
「手ぬかり」ジュリアン・シモンズ
劇作家でもある中年の俳優が自己満足のために、妻を殺害する完全犯罪を
もくろむという話。まあまあ、ですかね。終盤に展開が読めた。
「狙った大物」アイヴァー・ドラモンド
新参の俗物の釣り師に人手の入っていない、自然豊かな釣り場を破壊された
昔気質の釣り師が殺人計画を立てる。フライの話とかが長すぎてなかなか殺人に
至りません。フライ・フィッシングファンにはうけたでしょうが…
個人的にはこの動機は共感できます。でも乱暴すぎる犯行方法にはひと工夫して
欲しかった。たとえば水死とか。
「二重窓」サイモン・ブレット
サイコ(?)もの。犯行に至る主要人物の心の動きがほとんど説明されていないので
唐突な感じを受ける。
「お灯明の代価」エリス・ピーターズ
修道士カドフェル・シリーズの短篇ものです。
上手くまとめた人情物。強欲な領主が僧院に燭台を寄贈するが、それが盗まれ
番をしていた者がマリア様を目撃する。
「北風」グウェンドリン・バトラー
「警察は自信たっぷり」マイケル・レヴィー
この二つの短篇は訳者の中村保男さんが言及しているように、一人称にかかる
欠点があります。前者はストーリーの不自然な流れが、後者は急な展開に
違和感を感じました。
「オファ・レックスの目」ジョナサン・ギャッシュ
希少なコインをめぐって夫を殺された妻の復讐の物語。その方法がユニークです。
「誰にでもある弱味」アントニイ・レジャーン
イギリスの政治家の話。日本に置き換えると、過去の醜聞をネタに恐喝される
アベ官房長官をコウノ衆院議長が気が進まないけど助けるといった物語かなと。
「ブーディカ女王殺し」アントニイ・プライス
古代ローマに支配されたイングランドに起きた反乱。巻き込まれた男の
一か八かの賭けの話。
「ビジネス・リスク」サラ・ゲインハム
不倫をネタに脅される女性社長の話なんですけど、これのどこがミステリなのか?
��この本は絶版か品切れで入手困難です。
「犬の人生」マーク・ストランド 中公文庫
村上春樹訳、アメリカの桂冠詩人の処女短篇集、14篇収録。
「更なる人生を」
蠅や馬、果ては恋人にまで死んだ父親の気配を感じてしまう男、
あるいは父親のようになってしまいそうな自分を、
または自分の内にある父親の面影をそれらに投影しているのか…
「真実の愛」
五度結婚し、恋愛を六度した男の話。
男は気に入った女性に出会うたびに“真実の愛”だと思い込み妄想を
膨らませるが、“真実の愛”とは別に結婚した妻たちとは上手くいかず
に別れてしまう。実際の結婚生活の乖離と彼の中の“真実の愛”の陳腐さ、
その身勝手さを描いているのだと思う…たぶん。
「犬の人生」なんのことやら。
「水の底で」などは、作者のただの記憶の断片とそれに付随するイメージを
書き連ねた(だけの)ものではないのか。
「ザダール」はセンテンスの短さも相まって、自動翻訳にかけたら
こんな具合だろうと笑ってしまうほど直訳風。
マーク・ストランドのいかにも詩人が書いたような一部の作品を、
短篇小説として日本語に移す作業は、俳句を英訳する以上に困難を伴うだろうし、
かなり無理があると思う。それは村上氏だけでなく柴田氏であっても。
だから、そういう作品は端からきっぱりと散文詩だと紹介するのが一番良いのでは
ないかとわたしは思います。
無人島に一月滞在する予定がある時にはお勧めの本です。
記号論による分析と解釈になる可能性はあるにしても、再読に耐える本だとは思う。
しかし、誰かが言っていたように、人生は短く読まなければならない本は多すぎる
のです。
寄宿学校の創立記念晩餐舞踏会の夜、奔放な男性関係を噂されていた副校長の妻が殺された。校内で頻発する盗難事件を担当していたヒル部長刑事と上司のロイド首席警部が捜査に当たる。
ロイド首席警部とヒル部長刑事のシリーズ三作目。
このシリーズは三人称形式だけれど、ただ一人の視点から語られるのではなく、
多数の登場人物の視点に切り替わって語られていく。
一作目の『パーフェクト・マッチ』では、そういう構成がなんだか読みにくかったけれど、今回は気にならずに読めた。
このやり方は、長い話の場合は目先を変えて、ダレずに読ませるのに良いかもしれない。
しかし、一方、殺人犯を含めた主な登場人物たちの内面を描写するわけだから、どの程度まで描いて読者に提示するのか、そのさじ加減が微妙になる。この作品では成功しているとは言えないのではないだろうか。わたしは読み終わった後で、犯人の普段の言動に不自然さと違和感を感じてしまった。とても殺人を犯した人間とは思えない。
それから被害者の性癖についても同じように描き足りていないと思う。
優れたミステリなのにその点が惜しい。
なんだかんだ言ったけれど、それでもジル・マゴーンはすごい。全然犯人が当たらない。
捻りまくってその上も一つ念入りに捻ってあるから、疲れてなんだか集中が途切れて、
もう最後はどうでもいいやって気になって終わってしまった。
「不変の神の事件」ルーファス・キング 創元推理文庫
題名が仰々しいし、あらすじを見て暗くてシリアスな話かと思っていました。
が、しかーし、読後、考えてみたらこの作品はスラップ・スティック風、
ブラック・ユーモア風サスペンスではないですか。
まず、事件の発端である新妻が死亡する原因。これが娘時代に舞台俳優に出したファンレターによる恐喝とは…この作品が1936年に書かれたとはいえこれは…作者もそのあたりは充分承知して、わざとこういう設定にしたのではないのかな。その後、恐喝者が新妻の実家で死んでしまうのですが、その死体を処分するのにドタバタする場面。縄張りに死体を捨てられたギャングが別のギャングにそれを押し付け、そしてまた別のところへ…死体がたらい回しされるところ。
第ニの犠牲者が殺されるときの状況。
新妻の妹が二人の男性の間で気持ちが揺れ動く様子と思い込みもなんか可笑しいし、恐喝者が「不変の神」という新興宗教もどきに目覚め、カリフォルニアで信仰活動を始めようとするなどはパロディ気味。しかし、全体を覆うトーンはシリアス・サスペンスなんですよね。
そして作者の気が済んだところで、物語の終盤、急に本格ミステリ風に場面転換してしまいます。この変わり身の早さにびっくりした。
そしてサプライズ・エンディング!!
惜しむらくは物語がやや短かくて事件を解決する警部の影が薄い。
「私のはじめての事件」アネット・ルーム ハヤカワ文庫
「知らないうちに歳月が忍びより、気がついたとき、乱雑なキッチンに立っているわたしは四十四歳」、で始まる英国推理作家協会賞新人賞受賞作品。
専業主婦の主人公「わたし」は地元新聞社に就職する。死体を見つけた時は、「『まあ、たいへん』わたしは声に出して、ごく静かに言った。『たいへん!』登っていってよく見なければ。いまのわたしは主婦ではなく、新聞記者だ。」と記者魂を見せたりもする。そして、この時から主人公は同僚の男性記者と共に深く事件に係わり、人生までもが変わっていくことになる。
中年夫婦の倦怠、不倫、麻薬、土地開発、環境破壊などいくつものテーマを入れ過ぎているせいなのか、すごくまとまりの悪さを感じた。それぞれのテーマが終盤、ひとつにならずバラバラなまま終わってしまったような不統一感が残る。
英国女流作家の作品は重厚といったイメージがわたしの中にはあるけれど、この作品にはアメリカ的な軽さがあるように思う。
ソフト・ボイルドを想わせる語り口ながら、作者は英国らしい辛らつなユーモアやウィットを主人公に吐かせて、魅力的な人物像を描いたのに、そこに恋愛を持ってきたのはすごく残念。ここは平凡な中年主婦が、記者という仕事と事件を通して成長する話にして欲しかった。
「絞殺魔に会いたい」パーネル・ホール ハヤカワ文庫
事故専門調査員スタンリーが訴訟依頼人に会いに行くたびに相手が絞殺されているのを発見し、またもや容疑者にされてしまうというお約束の展開。
今回はいつになく謎解きの要素が加わり、前作より楽しめました。
いつものマコーリフ部長刑事ではなくて、クラーク部長刑事が事件の担当になります。でも、主人公のスタンリーがバカにされるところは相変わらず。その上になんと、警察の天敵であるスタンリーのボスのリチャードに精彩がなく、クラークにやられっぱなし。どうもこのクラークはマコーリフよりも優秀でしっかりしてますね。今まで以上に本作品では刑事を主人公にして、別の警察ミステリが出来あがるんじゃないのかと思わせるくらいです。しかし、本来、脇役でも良いような人物をあえて主人公に設定するあたりがこのシリーズのユニークなところであり、あまたのミステリの中で存在意義を示している点なのでしょう。と一応分析してみる。
それにしても毎度毎度スタンリーは人の家を訪ねて、ノックしても返事がないと“鍵のかかってない”ドアを開けて“勝手に”中に入り、死体を発見してしまうという愚行を犯しているのですが、いいかげん学習しなさいと思うのはわたしだけでしょうか。
「ママのクリスマス」ジェームズ・ヤッフェ 創元推理文庫
安楽椅子探偵ママ・シリーズのニ作目。
クリスマスが近付いたある日、穏やかに老後を送っていたユダヤ人夫婦の隣家の教会が、突然派手な電飾のディスプレイを点滅させ、クリスマス・ソングを大音響で鳴らし始めた。連日連夜の行いに文句を言いに行った息子ロジャーと牧師の間にトラブルが起こり、ロジャーが訴えられてしまう。弁護人事務所の捜査官デイブが調査する中、牧師の射殺体がダイイングメッセージとともに発見され、容疑者のロジャーが失踪する。
クリスマスの浮かれた雰囲気がないのは、主人公の“ママ”とその息子デイブがユダヤ人だから。ユダヤ教ってクリスマスを祝わないのですか?!知らなかった。アバウトな仏教徒らしき日本人でさえ…(略)
ユダヤ人社会は地方に行くほどマイノリティな存在になるのでしょう。
作者は、キリスト教とユダヤ教の相違、保守的な気風の町及び有力者たちとユダヤ人社会を対比させて、物語への興味を高めていると思います。
プロットがありがちな感じなので、事件の背景にそういう事情を配置して、新味を持たせるあたりは上手いです。
それにしても、ママはデイブの話だけで推理し事件を解明してしまうのだけど、どれだけ詳しく話して聴かせてるんだよ、と思いました。
「ロンドン再発見の旅」林信吾 中公文庫
英国を舞台にしたミステリを読んでいると、キュウリをはさんだだけのサンドイッチを食べる場面が出て来ることがあります。よほど英国のキュウリは美味しいのかと思っていたのですが、この本によると「昔の英国では、キュウリは珍しい野菜で、珍重されていたため」高級珍味として食べられていたとのこと。その習慣が残っているというわけですね。
英国に暮らした日本人が書いた英国についての、あるいは英国をだしにして日本を語った本を読むと、その人が所属していた階級と日常接した人々の所属する階級によって、いかに英国という国のイメージが形成されているのかがよく理解出来ます。どこの国においても普段接する人々によって、その国の印象が形作られる事は当然でしょうが、階級社会と言われる英国社会だからなお一層その傾向が顕著に、そして悪くすれば偏狭になってしまうのではないでしょうか。
アメリカやイタリアなどについての同様の本と比べて、日本(人)に説教臭くなりがちな理由は、そのあたりにあるのかもしれません。
また、今でも自分が属していた階級に囚われた視点からでしか、英国や日本を語ることができずに本を書いてる人は、己の狭量さを世間に晒しているようなものだと思います。
著者はロンドンで発行されている日本語新聞の編集者として十年間、英国で暮らしたそうです。英国を離れて、三年後に再訪した時の印象を過去の体験を織りまぜて綴った本です。著者はジャーナリストという立場で、様々な階級の人間と接する機会があっただろうし、そういう意味では多面的に英国社会を眺めることが出来たのだと思う。わたしは、著者のそれぞれの国に対するスタンスにはかなり共感を覚えました。
しかし、いかんせん、この著者は文章が拙い。三十代後半に書いたにしては、青臭いというか素人っぽい文章のように感じます。
甘ちゃんと呼べば呼べ!わたしはこれで泣きました。
「17歳の少女ノヴァリーは、赤ん坊を身ごもって七か月目に、オクラホマの小さな町でボーイフレンドに置き去りにされてしまう。故郷を捨て、西海岸での新生活を夢見ての旅だったのに。」 裏表紙あらすじより
文春文庫編集部の海外小説担当部(そんな部署があるかどうかは知りませんが)は、たまにとても良い仕事をしますね。たとえば、M・グライムズのジュリー警視シリーズ、R・マキャモンの「少年時代」、A・タイラーの諸作品など。
そして、この作品もかなり良質な小説です。
作者は、数多くの短篇を書いている経験があり、さらに大学で創作を教えているだけに、短い章を重ねてストーリー展開をスピーディーにしたり、ノヴァリーの恋人だったウィリーの場面を挿んで読者を飽きさせないようにするなど、構成に長けていると思います。また、主人公の不幸な境遇や彼女を囲む善人ばかりの登場人物など、下手すると歯の浮くような甘ったるい物語になりかねないのだけれど、作者は抑制した筆致で、少女の成長物語を語っています。(後半部分に“偉大なるメロドラマ”風なところもあるけど)
登場人物の配置が少しパターン的なところや特定の人物の背景描写が物足りないところ
などはありますが、そんなことは気にならないほど良い作品です。
けなげな主人公に、アメリカ文学の中にあるイノセンスを見たように思いました。
「オールド・カントリーの殺人」エリック・ライト ハヤカワ文庫
窓際中年更年期障害系ソールター警部の三作目だぞ。カナダ推理作家協会賞受賞。
夫婦そろって英国旅行していたカナダ警察のソールター警部は、交通事故に遭遇したため田舎の宿屋に宿泊することになる。そして、その宿屋の主人が殺害される事件に巻き込まれてしまう。被害者には過去の経歴に三十年間の空白があった。
今回はソールター警部がくよくよしないどころか、地元の警察から捜査協力をお願いされてしまうという意外な展開。
前ニ作はカバーがイラストだったのに、この本は、英国政府観光庁が提供した写真を使用しています。鴨なんかが写っているのどかなイギリスの田舎の風景写真なんですが、本の内容は天気が悪いとか、大衆相手に商売する人間は、善意の固まりでサーヴィス精神旺盛のトウィ-ドルダムと、金目当ての豚野郎のトウィ-ドルディーの二面性があるとか(「不思議の国のアリス」の登場人物らしい)、あんまり良いことは書いてないです。被害者の過去を探るために行ったイタリア・フィレンツェのことはすごくほめてるのとは大違いです。たぶん、作者の主観がかなり入っているのだと思います。
スコットランドヤードの介入さえ嫌う地元警察(所轄つうんですか)が、他国の警察の警部に捜査協力なんてしないよな、など思いました。登場人物は魅力的なのに、ミステリは
地味な感じです。
クリスマスに関連した本を紹介しようと思って、読みかけたミステリを二冊とも挫折してしまいました。
「パンプルムース家の犬」マイケル・ボンド 創元推理文庫
来年の干支は犬なので、犬本だぁ~~。
パンプルムース氏はグルメ・ガイドブック「ル・ギード」の覆面調査員なのです。
三つ星ホテル・レストラン《レ・サンク・パルフェ》で休暇を過ごしていたら、
国家的危機に巻き込まれてしまいました。
デザート目当てにアラブの石油王がホテルに投宿するというのに、当のデザート・
シェフが失踪してしまったのです。石油王の機嫌を損ねるとフランスへの石油供給
が断たれてしまうことに。
パンプルムースとは、フランス語でグレープフルーツのことだそうですが、フランス、グレープフルーツといえば、そうです、フランソワーズ・サガンの『悲しみよこんにちは』が思い浮かびますね。主人公が朝食にグレープフルーツしか食べずに、義理の母親に注意されてしまう場面がありました。あくまでも私的な推察ですが、作者ボンドはこの場面から…
などと、仏文学に造詣が深いことをにおわせながら、サガンとボンドとの比較文学論を展開したいところですが、すべてが思いつきなのでこれで限界です。
次回、グルメ犬ポムフリット(フライドポテトの意)について考察したいと思います。
でもって、面白かったところ。
パ氏が『ミシュラン』の調査員と疑われるも、車のタイヤがピレッリなので違うと
判断される。
ポムフリットの○しっこが入ったシャトー・ディムケ45年もののワインボトルの行方。
とても盛り上がるはずの肝心の救出劇の場面がまったく省かれているところ。
パ氏が女性の胸と勘違いしたものの正体。
これまでの作品よりまとまっている感じです。ドタバタは押さえられていますよ。
☆☆
動物13種13話の短編集。
カバーイラストからすると、一見ユーモアミステリかと思ってしまいそうですが、ハイスミス女史ですからそんなわけはなく、ほとんどストレートな話ばかり。
少し捻れよ、ブラックユーモアでも良いから…しかし、女史は直球ビシバシ投げ込んできます。
唯一、「ゴキブリ紳士の手記」がユーモアもの。
その他の物語は、二つに分けられると思います。
動物たち(象、駱駝、犬、猫、豚、鼠、馬、猿、山羊)が、直接、肉体的暴力をもって、飼い主をはじめとする人間たちに復讐を果たす話を、動物の視点から語ったもの。様々な国々に舞台を移し替えているものの、ストーリーが皆ワンパターンになってしまっているのは残念。暴力だけでなく、バリエーションを持たせていればもっと面白かったのではないでしょうか。
飼い主が間接的に動物(鶏、ハムスター、イタチ)の共犯になってしまったもの。
「鼬のハリー」は少年とイタチの物語ですが、サキの短篇作品の「スレドニ・ヴァシター」に似ています。少年期の残酷さみたいなものとイタチのイメージが重なるのか。
「ハムスター対ウェブスター」も、少年と動物の関係で見れば同じような傾向の作品かもしれません。「ハムスター対…」はややB級動物ホラー映画っぽい感じですが。
作者は人間という動物が、他の動物に意地悪だったり、残酷だったりすると、当然それに対する報いがあると言いたかったのでしょうか。
それならば、題名は「動物いじめに捧げる殺人読本」が相応しかったような気がします。
「消えたドードー鳥」ジェーン・ラングトン ハヤカワ文庫
オックスフォードのカレッジに招かれ、はるばる大西洋を渡ってやってきた元刑事で大学教授のホーマー・ケリー。だが彼を迎えたのは怪事件の数々だった。構内で目撃された奇怪な生物の影、長年失われていた貴重な標本の再出現、大学名物の絵画の紛失……そして死体が次々と!
裏表紙あらすじより
オックスフォードにある(らしい)ダーウィンやニュートンの像、生物標本、街並などの挿絵が豊富でイメージがしやすかったです。アメリカ人のケリー夫妻とケンブリッジのカレッジや街を観て廻っているようで、擬似アカデミックな感覚が味わえました。
ダーウィンが収集し、一部が行方不明になっていたカニの標本の謎など、ダーウィンとか進化論あるいはIDとかに興味がある人は、より面白く読めると思います。といっても、衒学趣味的な作品ではなくてユーモアものです。
ただし、ミステリについては根底となる主題が古く、大山鳴動して鼠一匹みたいな感じがしました。
「幽霊が多すぎる」ポール・ギャリコ 創元推理文庫
寒波お見舞い申し上げます。
こんなに寒くて、年賀状も書いておらず、クリスマスも近いというのに
幽霊話ですよ。
日向ぼっこしながら幽霊話を読むなんて、やっぱり合いませんね。
コタツでかき氷を食べているような。
寒さで震えているというのに、なぜ心まで震わせなければならないのか、
というか、身体が寒すぎてそれどころじゃないし。といささかくどいわたし。
尼僧の幽霊が出現し、誰もいない部屋からハープの音が聞こえると、
不吉なことが起きるという言い伝えのある貴族屋敷。
客人を交えた晩餐の夜、ポルターガイスト現象の後、尼僧の姿が目撃される。
怪現象の調査を依頼された心霊探偵ヒーローが屋敷に赴いた。
ギャリコだから、ハートウォーミング系ファンタジーなのかと思っていた
しだいですが、なな、なんと……何を書いてもこれから読まれる方の興を
削ぐような気がします。あらすじも解説もネットレビューも読まず、
噂も耳に入れずに読めば、さらに楽しめる作品だろうと思います。
主人公のヒーローって、なんだか雰囲気がM・グライムズが創出したキャラクター
の(元)貴族探偵メルローズ・プラントに似ているように思います。ちょっと、
女性に対してガードが甘いけど、子供に優しいところに好感が持てました。
「逃げだした秘宝」ドナルド・E・ウェストレイク ハヤカワ文庫
泥棒ドートマンダー・シリーズの長篇5作目。
〈ビザンチンの秘宝〉と呼ばれる、いわく付きのルビーの指輪がアメリカからトルコに
返還される途中でギリシャ人過激派によって強奪された。
隠し場所の宝石店から偶然、事情を知らないドートマンダーがその指輪を
盗んでしまったため一大事に…
ニューヨーク市警察、FBI、各国の過激派集団、その上に警察の取り締まりが厳しくなって、仕事に差し障りが出てきた泥棒仲間までもが秘宝と犯人探しを始めだした。
ウェストレイクといえば、このお笑いシリーズのイメージがあったわたしは、あの悪夢のようなノン・シリーズ作品『斧』(文春文庫)を読んでぶっ飛んだ思い出があります。
それに較べてこの作品は、推理ものではないし、人も殺されないので、気楽に主人公たちのドタバタぶりを笑って楽しめる一冊です。
これを読んで、レッドへリング、ミスディレクション、ミスリードに騙され、疲れさせられた灰色の頭脳と眉間の縦じわをリラックスさせ、また明日から本格ミステリの手強い犯人たちに挑もうではありませんか。
「化石の殺人」サラ・アンドリューズ ハヤカワ文庫
法地質学を専門にする女性学者エムに古脊椎動物学会での講演依頼が舞い込む。
依頼主の古生物学者ディシー博士の自宅に宿泊した翌朝、外出したディシーの他殺死体が発見され、エムに容疑がかかる。学会のシンポジウムに参加して、関係者に話を聞くうちに被害者は日頃から評判が悪く、いかがわしい人物だったことが判明する。
作者は地質学者の肩書きもあるミステリ作家です。長々と書いている著者あとがきによると、この本を書いた“目的と意図”は、自分達の意見を押し付ける“一部の創造論者”がむかつく(あくまでわたしの解釈)ので、「読者のために数時間の娯楽を構築するという枠組みを越えた、どちらかというと個人的な探求にあった。それは、科学における信念および実践と、宗教におけるそれらとのあいだの類似と差異を考察」(P493,494)したのだそうです。
はい、アンドリューズさん、そういうことは余所でやって下さい。結果、ミステリも宗教・科学論も中途半端で印象が薄いものになってしまっていますよ。ラストも尻切れとんぼだし。モルモン教徒との創造説をめぐる会話(作者の自説主張目的)も浮いています。ミステリ・ファンはミステリを期待して読んでいるのですから、自説を述べたいのであれば、上手くストーリーに同化させるか、ミステリ形式ではない啓蒙書を執筆すべきだと思います。
気になったことは、文中に「ブロントサウルス」という恐竜の名称が幾度かでてきますが、この名称はかなり前から使用されていません。「アパトサウルス」が正式名称です。
ついでに、ヘラジカと恐竜のたとえ(P57)も誤解を招きやすいと思います。
「殺人ウェディング・ベル」ウィリアム・L・デアンドリア ハヤカワ・ミステリ文庫
ケーブル・テレビの契約をめぐるトラブルの調査に学生時代を過ごした町を訪れていたマットは、旧友の女性の結婚式にも参列する予定だった。
しかし、結婚式を間近に控えた夜、その女友達が殺害されたうえに親友ダンが逮捕されてしまう。親友の嫌疑を晴らすためにマットは調査を始めるが、彼の身にも危険が及ぶことに。
マット・コブ・シリーズ3作目。
かなりすごい邦題ですが、原題は『Killed With A Passion』。どちらにしてもよく分からない題名です。ウェディング・ベルは登場しません。
デアンドリアといえば『視聴率の殺人』、『ホッグ連続殺人』など名作を書いた人だし、事件に関係する人物が少なく、犯行状況も単純なのでよほど奇抜なトリックが用意されているのかと、結構期待して読んだのですが……
登場人物の印象が薄いし人物設定もありふれている。唯一、存在感があるのはサモイェード犬(サモエード犬)スポットくらいでした。
軽ハードボイルド風だけれど、テレビのサスペンス・ドラマにもなりそうなミステリです。
「パンプルムース氏と飛行船」マイケル・ボンド 創元推理文庫
グルメ・ガイドブック『ル・ギード』の覆面調査員パ氏と愛犬ポムフリットは、英仏間に就航する飛行船の両国首脳を乗せた記念飛行の機内食メニューを考案するよう編集長に命じられた。飛行場のあるブルターニュへ向かう途中、女性サーカス芸人と知り合うのだがその後、彼女は空中ブランコ中に事故に遭ってしまう。それからパ氏は国際的な大事件に巻き込まれるはめに。
パ氏シリーズ5作目。
本当は戌年に対抗して猫本を取り上げたかったのですが、手元に適当な本がないので、しかたなく犬本とも言えるこれ。それに新年早々、殺したとか殺されたとかという話をあれこれするのも人格的にどうかだし。
前作『パンプルムース家の犬』からの流れなのかこの作品もさらにまとまっているような。今回、ドタバタも控えめでお色気もそれほどは…、だからそれを楽しみにしている人には物足りないかもしれませんね。プロットも伏線もジグソーパズルのピースのように、最後には納まるところに納まり、このシリーズらしからぬきれいな終わり方をしています。作者のボンド氏も今回はユーモア・サスペンスとしてちょっと本気だしてますよ。
それでもって、なぜ作者はパ氏の愛犬でありグルメ犬をポムフリット(フライド・ポテトの意)と名付けたのか?それはいくらフランス料理に造詣が深いにしても、生まれながらに食していたフィッシュ・アンド・チップスを愛するイギリス人の血がそうさせたのだと想像するのでした。
「ハートブレイク・カフェ」ビリー・レッツ 文春文庫
マンディーノよりレッツで泣け。
「ホンク&ホラー近日開店」という名のドライブインのオーナー、ケイニーは青年時代に数々のロデオ大会で優勝した経歴を持っていた。しかし、ベトナム戦争で負傷し、車椅子生活を余儀なくされてから、開店以来12年間一度も店の外に出たことがなかった。その店にはケイニーの母親代わりで、夫と死別した上に娘にも家出されたモリーがウェイトレスとして働いていた。そこに最愛の姉を亡くし各地を放浪してきたヴィーナ、妻を母国に残したままのベトナム人のブーイが流れ着く。そして、ケイニーの止まっていた人生の歯車が動き始める。
アン・タイラーの『ここがホームシック・レストラン』くらいちょい恥ずかしめの大衆的な題名ですね。原題の『THE HONK AND HOLLER OPENING SOON』を使ったほうが読者の興味を惹いたのではと思います。
オクラホマの田舎町のドライブインを舞台に、そこに集う人たちの物語。
アン・タイラーが出たついでに比較させてみると、タイラーの作品はいかに家族と言えども分かり合えたりしないという皮肉なテーマを持っていますが、レッツは、たとえ異質なものでさえお互いが理解し合うことができると言いたいのではないでしょうか。それは訳者あとがきで松本剛史氏が書くように「ひたむきな誠実さ」のようなものを持ってすれば。
内容は確かに甘いです。ラストも大甘。前作のほうが主人公たちに厳しかったと思う。
しかし、お疲れ人生にはこういう話が必要な時もあるもので、なぜかジワジワと涙腺が緩んでくる物語です。
それは喪失感から溢れ出るような大粒の涙ではなくて、ブーイやガリリーに表されるような“真摯さ”を前にした時に自然に滲み出るような涙です。
最後に、オグ・マンディーノに恨みがあるわけではないけれど、彼は少々あざとすぎな…(略)
「海外ミステリ・ゼミナール」仁賀克雄 朝日ソノラマ
新刊書店では入手不可。
内容は、
海外ミステリの歴史。
ジャンル別ガイド1…本格、警察、司法、ユーモア、ハードボイルド、ショート(アンソロジー)の各ミステリ。
ジャンル別ガイド2…サスペンス・スリラー、サイコ・スリラー、スパイ、冒険小説。
コース別ガイド1,2,3…ヒロイン、悪役、映画で読むミステリ。
それぞれのジャンルの歴史、成り立ち、作品と簡単なあらすじを添えて解説しています。
書名通りミステリのゼミでもあれば教科書に採用されそうな本です。
サブタイトルに“読書案内決定版”とありますが、どちらかと言えば海外ミステリの初心者のためのブック・ガイドというより、ベスト100をだいたい読んだ人向きだと思います。時代順にミステリを読んで行く律儀な読者はあまりいないと思うから。
わたしは、著者の『現代海外ミステリ・ベスト100』や瀬戸川猛資さんの『ミステリ・ベスト201』などのブック・ガイドを参考にして海外ミステリを読んできました。つまり、ミステリの歴史に沿って系統的に読んでいるわけでなくランダムに読んできたのですが、この本によって、今まで読んだ作品がミステリの系譜の中でどのような位置を占めるのかがよく理解できました。あと、単純に懐かしかったです。
付録として、クリスティ、クイーン、カーそれぞれの長篇採点リストなどが付いてます。
「ケーキの丸かじり」東海林さだお 文春文庫
著者は、いつも取材で美味しいものを食べたり飲んだりしている
大変羨ましい人ですが、今回は本人も気が咎めたのか、
かなり身体を張った実験をしています。
その1
一体、口の中にえびせんは何本まで入るのだろうか。
えずきながらも、口腔内にひたすらえびせんを並べて行く。
詰め込んだ顔を鏡で確認してるのが笑えます。実験を行う上での
注意事項あり。
その2
クリスマスイブに一人で直径十五センチのクリスマスケーキを丸かじり。
ケーキを食べるという行為の前では、クリスマスおよびクリスマスイブの
世俗的意味などどうでもいいという考えが潔くて良いです。
その3
雪を食べる。
雪害で苦しんでいる方には申し訳ありません。雪を食べてみるという企画です。
朝降り始め、六時間後の正午、午後六時、深夜十二時とやはり時間が経つほどに
嫌な味が薄まり、そして午前一時ついに…
いろいろなシロップをかけてみた結果、みぞれが一番美味しいそうですよ。
「もはや死は存在しない」ルース・レンデル 角川文庫
ウェスクフォード主任警部シリーズですが、いつも主任警部に堅物さをからかわれているバーデン警部が主役のノンシリーズみたいな印象を受けました。
レンデルは特にノンシリーズ作品において人間が持つ負の感情をねちっこく、嫌らしく描かせると天下一品ですが、この作品はシリーズもののレギュラー陣にたいしてそれをやっちゃったみたいな感じでしょうか。
妻に先立たれてすっかり人が変わってしまったバーデンは、子供たちにたいして父親らしい義務を怠り、義理の妹が仕事を辞めて子供たちの面倒や家事をやることも当然のように思っている。行方不明になった子供の母親と付き合い始めると仕事にさえ支障をきたしてしまう。
そういう状況に至る彼の感情の変化や弱さ、情欲から来る身勝手さ、嫉妬などをねちねちと描き込んであります。あのプロテスタント的謹厳実直なバーデンが…みたいな。
ミステリより人間ドラマが印象に残りました。
「わたしが作品に登場させる人物は、憎むべき人物、情緒不安定な人物、だがどこかに哀れさを、同情の余地をとどめている人物。」と、あとがきでレンデルの言葉が紹介されています。
仁賀克雄 編訳です。古書店でのみ入手可能。
「トバーモリー」サキ
ある意味、猫がしゃべり始めたら恐怖かもしれません。サキの名作。
以前紹介した岩波版「サキ傑作編」にも収録されていますので、猫好きな方は必読です。
「猫男」バイロン・リゲット
わざわざ無人島に牝猫四匹に、牡猫二匹と住み始めた小説家の話。
「猫の復讐」ブラム・ストーカー
『ドラキュラ』の原作者。どっかで読んだような記憶が。
「白い猫」S・ル・ファニュ
幻想系。白い猫を見るとやがて死んでしまう呪われた一族の話。
「猫ぎらい」フレドリック・ブラウン
あのブラウンだから期待したけど、言葉遊びに過ぎない作品でした。
アメリカ人はこういうのが好きなのでしょうか。
「僕の父は猫」ヘンリー・スレッサー
あのスレッサーだから期待したけど、なんじゃこれは作品でした。
猫と人間が結婚して男の子が産まれて…その子がフィアンセを父親猫に
紹介するため実家に帰ってきた。
「古代の魔法」A・ブラックウッド
いかにも幻想綺談系の作品です。偶然に降り立った町が怪しげな雰囲気で…
「箒の柄」W・デ・ラ・メア
わたしの理解力のなさなのでしょうが、なんだかよく分かりませんでした。
「灰色の猫」バリー・ペイン
これも綺談系。猫の形をした神像を取り戻しに来た猫。
「ウルサルの猫」H・P・ラブクラフト
猫を殺したりしたらとんでもない目に遭うよ。ラブクラフトにしては物足りない。
「エジプトから来た猫」オーガスト・ダーレス
これも綺談系。猫と少年が入れ替わる。
「緑の猫」クリーヴ・カートミル
西岸良平氏の作品に猫型宇宙人が地球を侵略しようとするものがありますが、
なんだかそれを思い出しました。
「七匹の黒猫」エラリー・クイーン
唯一のミステリ短篇。猫嫌いが五週間に六匹もの猫を買いこんだわけとは…
やっぱり会話が古いっすね。
「魔法の猫」ロバート・ブロック
あのブロックだから期待したけど、出来損ないの“ミステリゾーン”みたいな作品。
「著者謹呈」ルイス・パジェット
おちがしょうもないわりには長い…
持ち主が危機に陥ったときにアドバイスしてくれる本を手に入れた男の話。
猫の形をした悪魔が彼を殺そうとする。
訳者あとがきによりますと、どうも日本の化猫の話が英仏の恐怖小説にかなり
の影響を与えたそうです。
「依頼人がほしい」パーネル・ホール ハヤカワ文庫
別居中の妻の浮気を疑う男から調査を依頼されたスタンリーは歯の治療費を稼ぐために引き受けた。が、尾行先のモーテルに宿泊中、その女性が殺され、またもや×4容疑者にされてしまう。その上、依頼人から教えられていた被害者の名前や身元は、全く別人のものだったことが判明する。
「わたしは歯がわるい」という私立探偵ものにはありえない書き出しにはうけたけど、なんか飽きた。ストーリーパターンが毎回同じなんだもの。
その後の歯にまつわる話や女性を尾行する話がだらだら続くので退屈。
全編、主人公の失敗話というのもうんざりしてしまう。
いくら駄目探偵といえどもやっぱり少しは活躍して欲しいよなあ。歯痒くなってしまう。
ストレス解消のために読んでいるのに、逆にストレスが溜りますよ。ほんとに。
でもまたしばらくしたら買って読むんでしょうけど…
ずっとこんなのなんでしょうか?
オススメHPを紹介します!
MWA(アメリカ推理作家クラブ)賞受賞作。古書店でのみ入手可。
書名からユーモアものか“目立つ”ことにトリックが隠されている
ミステリなのかと思ったのですが警察&サスペンスものでした。
別れた妻が子供たちを残して家出してしまった州検事、
肺癌の再発を恐れる老警部補、
おとり捜査に加わった一児の母である婦人警官、
彼女に恋する無骨な主任刑事などが、市の上層部から理不尽な犯人逮捕の圧力を受けながらもチームワークで連続殺人犯を追いつめて行く話です。これらの登場人物たちは強烈な個性の持ち主でもなく、卓越したヒーローでもないけれど皆魅力的で印象に残りました。描き具合が絶妙(ちょっと大袈裟ですけど)だと思います。掘り下げて描き過ぎると話の流れやバランスが悪くなったりする場合もあるしね。
それから、容疑者が泳いだ湖の水ぎわと湖の真ん中の水温を計って平均値を出し、報告書に書くほどの几帳面なマーゴリス刑事など、脇役にも作者の目が行き届いているように感じました。
シカゴ生まれ、シカゴ在住の作者が書いただけあって、シカゴの街の雰囲気と初夏から初冬へと移り変わる季節感がとても上手く描写されていると思います。
「みんなワッフルにのせて」ポリー・ホーヴァート 白水社
両親が海で行方不明になった少女が、里親に預けられながらも
けなげに生きていきます。でもこれは癒し系でも、感動本でもありません。
完璧なスラップスティック・コメディーなのです。
ニューベリー賞オナー賞受賞作 帯より
今時の児童はこういうものを読むのか…なんだかジュブナイルってもっと明確な
テーマ、たとえば愛情とか友情とか正義とかを持っているものじゃないの?
この11歳の女の子プリムローズはクールなのか、ただぼやっとしているだけなのか…
主人公の性格が今ひとつはっきりしない。それは「あたしのこころは体の中にうまくおさまってない。きわどいところをただよっている。ふわふわ浮かんでいる」せいなのか。
どうして両親が生きて帰って来ると信じているのか、と人から訊かれて彼女が問い返す言葉「理由もないのに心の奥に確信していることある?」がキーワードに間違いないと思います。
世界中を旅したカウンセラーの先生を羨ましく思っていた主人公が、レストラン〈赤いブランコにのった女の子〉のメニュー(なんでもかんでもワッフルにのって出てくる)みたいに、コールハーバーという小さな町で「いろんなところへいけたし、そこでいろんな人に会えた。前のプリムローズにはもうもどれないけど、それでいい」と思い至ったことが成長なのだろうか。
しかし、物語を三倍くらいの量にしないと言いたいことが伝わらないのでは。足や手の指をなくすことにどんな意味をもたせているのだろう?結局、女の子は何を学んだのか?などいろいろ疑問に思うことはあるけど、一人称で語る11歳の現実での世界はこんなものかもしれないな、と納得もしました。
ジュブナイルやヤングアダルト向けだということで、分かりやすい感動を安易に期待し過ぎることも反省しなければ。
「地球温暖化を防ぐ-20世紀型経済システムの転換-」佐和隆光 岩波新書
以前紹介した『地球温暖化を考える』同様に、この本の著者も経済学者です。
開発と環境問題や自然保護の議論は感情的な主張に陥ることがありますが、そこに経済学という科学を据えるとかなり衆人納得の結論に至るという良い例ではないでしょうか。とても分かりやすく懇切丁寧で納得するところの多い本です。
温暖化問題に楽観的な意見(市場と技術を万能視する「ネオ・マルサス主義者」)、
温暖化対策へのネガティブな意見(炭素税についての通産省、業界団体)に対して
淡々と丁寧に反証している姿勢にはかなり好感が持てます。
著者は温暖化問題の対策として大量生産、大量消費、大量廃棄の二十世紀型工業文明を見直し、炭素税、補助金、CO2排出権取り引きなどの経済的措置と緩やかな規制的措置により自主的取り組み、つまりライフスタイルや輸送モードの質的転換を図ることを提示しています。
「もともと日本人は、質実剛健、質素倹約を旨とする生活様式を尊んできたはずである。金持ちが金持ちであるがゆえに尊敬されるということは、この国の長い歴史の中でついぞなかったし、ぜいたくは軽蔑の対象になりこそすれ、憧憬の対象になることはなかった」
��P27)まったくもっておっしゃる通り。
「オールド・ミスター・フラッド」ジョゼフ・ミッチェル 翔泳社
新刊書店では入手不可。
『オールド・ミスター・フラッド』、『マクソーリーの素敵な居酒屋』を収録。
九十三歳のフラッドさんは魚介類を食べることが健康と長生きの秘訣ということを証明するため百十五歳まで生きたいと思っています。河岸のホテルの一室に一人で暮らし、昼飯は魚の卸売業者から気に入ったものを見つくろって、馴染みの店で細かく指示して料理してもらう。そんなフラッドさんが「私」に語る過去のエピソードを交えた老人の生活と意見。派手でもなく奇をてらったところもない話ですが心に残る作品です。
作者は雑誌「ニューヨーカー」のスタッフ・ライターで、原作はその雑誌の「プロファイル」欄に掲載されたものをまとめて1948年に出版されたもの。
このフラッドさんが実在するのかということについて常盤新平氏の訳者解説によると、ブレンダン・ギル著『ニューヨーカー物語』では『オールド・ミスター・フラッド』の主人公であるヒュー・G・フラッドは架空の人物で作者ミッチェルが知っていた数人の老人の合成であるとしるされているが、「『ニューヨーカー』という週刊誌は事実を尊重し」「『プロファイル』という欄はノンフィクションであって、創作は許されていない」ので本当のところは確かめようがないとのこと。
『マクソーリーの素敵な居酒屋』はニューヨーク市最古の酒場の成り立ちと創業者とその息子、それを受け継いだ経営者の個性とおかしな常連客を描いた作品。
酒場「McSorley's Old Ale House」はこの一文で有名になり、現在では観光名所になっているようです(ネットで見れる)。
「料理長が多すぎる」レックス・スタウト ハヤカワ文庫
裏表紙あらすじより世界各地から選出された15人の名誉あるシェフたちは、保養地カノーワ・スパー
に次々と姿を見せ始めていた。そして晩餐会が催されるまさに前日、ソースの味ききに
興じていたシェフの一人が刺殺された!この集いに主賓として招かれていた、蘭と麦酒を愛し美食家探偵を自認するネロ・ウルフは誇り高き名料理長たちをまえにその重い腰をあげたが……全篇に贅を凝らした料理がちりばめられ美食家を自認する読者には垂涎の書
いうことなので、これから本書を電車の中で読まれる美食家の方はくれぐれも口元に注意しましょう。
ネロ・ウルフはミステリ界では超有名な探偵ですが、なぜかわたしは初めて読みました。
ウルフの助手アーチーの目線での語り口とウルフとのやり取りが軽妙で笑えますが、プロットよりそちらに興味が移ってしまい気味なところもあり、本格ミステリとしてはやや物足りないような感じです。前半は料理長ほか登場人物が多すぎてややこしいと感じますが、読み進むと気にならなくなりました。ミステリとは関係ないけど、
ウルフの黒人従業員たちに対する態度が印象に残りました。
「ハネムーンの殺人」キャロリン・G・ハート ハヤカワ文庫
アニーとマックスが結婚式を挙げた日の深夜、アニーの店の従業員イングリッドから
助けを求める電話が入る。二人が彼女の家に駆け付けるとそこにイングリッドの姿はなく、近所で嫌われていた男の刺殺体を発見する。警察は被害者と激しい口論をしていたことからイングリッドを容疑者と断定するが、アニーは彼女が犯人に誘拐されたと思い調査を始める。
シリーズ第ニ作目。
このシリーズの中で、わたしには今ひとつ存在意味(どうしてこのシリーズに必要なのか)が分からないマックスが一人で調査をし、ミステリおたくのヘニーも閉じこもり気味、これまた役割不明なローレルも目立たず、なんだか起伏に乏しい印象。近隣の住人たちがそれぞれ秘密を抱えているという設定は良いのですが、あまり生かしきれていないように思いました。犯人の見当がすぐ付いてしまったしね。魅力的なサイドストーリー(ウェブとイングリッドなど)を付けるか、カットバックでイングリッドの様子を挿入するなどしたら物語に厚みが出たりサスペンスが盛り上がったりしたのでは…。
こんばんは
キング初心者のわたしが読んだ初長編です。
『ドラキュラ』は十字架、聖水、日光が苦手でトネリコの杭で殺すことが出来る。そんな設定を変えずに物語を書いたキングってすごいですね。並の作家だったらまず書こうなんて思わないでしょ。少々大袈裟に言えば、見事な換骨奪胎。
町の住民たちの生活、人物像を長々としつこく描いていくことでじわじわと恐怖感が高められ、これからどういう風に吸血鬼に襲われ犠牲になっていくのか、やがて訪れる恐怖を読者に想像させて不気味さをかき立てていると思う。
つまり、後半部分の吸血鬼との対決はあくまでオマケに過ぎず、疫病が蔓延するように住人たちが吸血鬼に汚染され、(あらすじにあるように)町が崩壊していく様子を緻密に描くことがキングの意図したものだと思う。
吸血鬼と化したダニー・グリックがマーク・ぺトリーを“二階の部屋の窓の外”に訪ねて来て、「入れてくれ」と言う場面が物語のピークのように感じた。
プロローグにおいて、吸血鬼の手を逃れた数人の住民の名前が読者に知らされているのですが、これはあくまで構成上の問題だけなのか、それともなにか別の作者の考えがあったのでしょうか。隠しておいたほうがいいような気もするけど…どっちでもいいか…
あと、マークという少年がすご過ぎか。
町を見下ろす小高い丘に建っている屋敷(べたな設定)、そこに吸血鬼が棺のような箱に入って引っ越してくるというのは笑えます。
「わたしにもできる銀行強盗」ジーン・リューリック ハヤカワ文庫
娘夫婦が交通事故に巻き込まれたため、六十歳の女性キャットは貸していた大金を失い、
自宅を明け渡さなければならなくなった。思いあまった末に彼女は銀行強盗を計画する。
主人公の状況は悲惨なんですけど心温まる(ユーモア?)ジェットコースター・ミステリです。
次から次に事件が起きてとにかく展開が早い。
その上、主人公以外の登場人物もよくもまあこれだけ集まったと思うほど皆不幸な過去を背負っていて濃い。
作者がたぶん七十歳くらいの時の作品だと思うのですが、訳者あとがきによるとパソコンの
「練習を兼ねて、日頃の憂さを晴らすために」書いたそうです。
確かに新人にありがちなプロットおよびアイデアの詰め込み過ぎとそれによる全体のバランスの悪さは感じます。例えば残り90ページで登場するニック・クラマーの生い立ちなど。
ジェットコースターが終点になだれ込むのかと思ったらもう一山昇り始めたので流れが止まったような感じがしました。
でも、素直に楽しめるし、作者の才能には感心しました。
年齢に相応しく人生に対して含蓄のある言葉も書かれています(と思う)。
残念ながら新刊書店では入手不可です。
「デイジー・ダックス」リック・ボイヤー ハヤカワ文庫
主人公ドクは友人のローンティスにヴェトナム戦争当時に所属していた特殊部隊、通称〈デイジー・ダックス〉の一員を探すために手を貸して欲しいと頼まれる。その戦友とローンティスは戦争中に手に入れた黄金像を長年香港の貸し金庫に預けていた。それを受け取るためには行方不明の戦友が持っている鍵が必要だった。
しかし、ローンティスが何者かに襲われ重傷を負ってしまい、ドクは一人で行方不明の男の消息を負うことになった。
従来の冒険小説という括りで比較すれば、たとえばマクリーンなどの作品がタイフーンの迫る雨期のジャングルに、真夜中しかも素手で放り出されるなにがしかのプロを主人公として描いているとすると、本書は乾期のサバンナをプロのハンターに守られながら、ジープに乗ってサファリツアーに参加している臆病な素人を主人公にして書いているようなものかも。しかし、この主人公には克服すべき厄介な「中年クライシス」という問題を抱えています(ちょっと笑える)。社会的地位もあり経済的にも家庭的にも恵まれているというのに何故か心が満たされていない。心の隙間を埋めるためにやむを得ず冒険という手段に惹かれてしまう。主人公としたら精神分析なりで解決すればそれはそれで良いみたいな感じもあって、そこら辺りが可笑しくもあり切なくもありといったところです。
「デイジー・ダック」ってドナルド・ダックのガール・フレンドの名前なんですね。
「パンプルムース氏対ハッカー」マイケル・ボンド 創元推理文庫
『ル・ギード』編集長の偽死亡記事、コンピューターに記録されていた『ル・ギード』
最新版の記事改ざん事件、失踪した経理係のマダム・グラントなど、グルメ・ガイドブックの出版社に降り掛かる怪事件をしぶしぶ捜査するはめになった元パリ警視庁刑事パンプルムース氏。
導入部のテンションの低さはメグレ警視ものかと思いましたよ。
今回なんだか地味めですね。舞台もパ氏の本拠地であるパリ市内なので、このシリーズの特徴であるはじけ方が少ない気がします。
1990年に書かれているようなのでコンピューターや用語の説明はちと古い。
マダム・グラントの部屋に特別意味もなく泊まるパ氏の行動が笑えるけど、その後はルーティン・ワークぽくって刺激がなかった。
せっかくマダム・グラントが恋をしたのだからそこらあたりをもっとストーリーに
絡めれば良かったのにと思いました。
「殺し屋」ローレンス・ブロック 二見文庫
殺し屋ケラーを主人公にした連作短編集。
始めの一編を読んだ印象では主人公が嫌な奴に思えました。
『ケラーの治療法』では、作者はケラーに精神科医のカウンセラーを受けさせていますが、殺し屋がカウンセラーを受けるという可笑しさや不気味さを出すと共に、枚数に制約がある連作短篇の中で、主人公の子供時代の父親にまつわる出来事を上手く語らせてなかなか巧みな構成だと思う。
精神科医との対話で、殺しで訪れた土地に住みたくなったり、買う気もないのにその土地の不動産を見て回ったり、地元の電話帳で同じ名前の人物を探してみたりする彼の奇行の原因が読者に暗示されていたりします。
彼の心の拠り所のない孤独感がさせる行動なのかと思ってみたり、そしてなによりケラー本人が戸惑っている感じがして、なんだかこの感情の一部が欠落しているような主人公が哀れに思えてくる。
彼が飼い始めた犬とペットシッターの女性の意外な展開は唐突な感じがしますが、ブロックにはどんな意図があったのでしょう。話の流れが違う方向に行きそうになったからか、それともケラーの孤独感をより高めるためだったのでしょうか。
「モンタルバーノ警部 悲しきバイオリン」アンドレア・カミッレーリ ハルキ文庫
以前、紹介したと『おやつ泥棒』 同様にモンタルバーノ警部シリーズです。
モンタルバーノが発見した殺人事件を捜査中に、彼を疎む警察上層部から担当を外されてしまう。その後、失踪していた容疑者が機動隊員に射殺され,警察は事件の収束を図る。しかし、状況に不自然なものを感じたモンタルバーノは独自に捜査を再開するのだが…。
イタリア本国ではこのシリーズはかなり絶賛を博した(している)らしいのですが、日本では二冊のみ出版されただけです。日本人向けではないとは思わないのですが…メグレとウェクスフォードを足して美食系を混ぜて、二で割った感じでしょうかね。奇抜なトリックや目の覚めるようなプロットはないけど、地味は地味なりに人情味があって味があると思いますよ、わたしは。数を読んでいくうちにますます好きになるようなシリーズだと思います。その後、刊行されなかったのはとても残念ですよ、春樹社長。
モンタルバーノが朝食を贅沢に楽しんでいる時、それをぶち壊すように「警部、警部殿でありますか。この電話に出てんのは警部本人でありますか」と電話をしてくる電話交換手カタレッラのキャラクターがすごく可笑しい。
「全地球凍結」川上紳一 集英社新書
八億年前ごろから六億年前ごろの地層を調べたら赤道地域も含めて、世界全域で氷河堆積物が発見されているらしいんだよね。「ふう~ん、八億年も六億年もあまり変わらないよなあ、昔過ぎて」氷河堆積物が赤道付近でも見つかるらしいよ。「へっえ~そうなの、で昼飯なに食べんの?」と普通は終わる会話なのに、科学者ときたらそういう現象を説明する仮説として「全球凍結仮説」別名スノーボール・アース仮説を立ててしまったんですね。しかも、対立仮説として“地軸傾き説”(現在23度だけど6.5億年前は60度地球は傾いていた)を主張する科学者まで出てきたりして。
全球凍結状態では地表の温度が氷点下50℃、海洋の氷床の厚さが一キロメートルで光合成もできず酸欠状態なので当時生息していた単細胞生物は絶滅したはず。
なのに、なぜ五億四四〇〇万年前のカンブリア紀に突然、多細胞生物が出現し爆発的適応放散が起きたのか?
地球のエネルギー収支から地球の気候をみると、寒冷解と温暖解が安定解なので一度全球凍結という寒冷解になるとずっと寒冷解の状態ままという結論になるのになぜ現在の地球は温暖な気候に戻ったのか?
こういうパラドックスの答えも興味深いです。
「全球凍結仮説」の調査に協力した著者の知的興奮が感じられ、確立した学説ではなくあくまで仮説であり、これからどういう新事実が出てくるのかという興味もそそられる本でした。
「友は永遠に」ルース・レンデル 光文社文庫
ウェクスフォード警部シリーズ4作目。
裏表紙あらすじより結婚式当日の朝、花婿の親友で付添人を務めるはずのチャーリーが死体で発見された。
長距離トラック運転手にしてはなぜか金回りがよく、鼻つまみ者だったチャーリー。
だが、花婿のジャックにとっては、唯一無二の友だった。一方、病院では六週間前の交通事故で入院中のファンショー夫人がようやく昏睡状態を脱した。
娘が男友達から預かった犬の散歩中に死体を発見した犬嫌いのウェクスフォード警部は、殺人事件と交通事故の捜査をするはめに。初期作品だからなのかレンデル独特のアク味が薄いような気がします。
チャーリーとジャックの奇妙な友情関係を書いた作者の意図が今ひとつ分からない。
ジャックの親友を想い悼む様子は普通じゃないように感じるので、ただの友情物語を書きたかったわけじゃないと思うのですよね。それに較べてファンショー一家の家庭事情は上手く描かれていると思う。父親が愛人をつくる度に代償として金品を貰う母親。
そんな両親を見て育った娘の恋人に対する考え方とか。
もちろん謎解き小説としても楽しめます。バーデンがあまり目立たない分、捜査スタッフに加わりたがる医者のクロッカー先生が面白かった。
この作品は創元推理文庫からも『死を望まれた男』という題名で出ています。
今を去ること1000年ものむかし、21世紀のことであった。ジョーンズという名の若者が、アメリカめざし旅立ったー電力会社を支配するアーサー理事長と《円卓の男たち》、刑務所にもぐりこもうと悪戦苦闘するエドモン・ダンテス、ひもを片手に複雑怪奇な政府の建物をさまよい歩くテセウス……多彩な登場人物に彩られた旅行記を収録した本書は、21世紀という霧のかなたの遠い過去、その時代の風俗と文化を知る上で最適といえるだろう……!? 遥かなる未来から眺めた21世紀のアメリカを、SFの名手シェクリイがおもしろおかしく描いた傑作長篇!
裏表紙あらすじより
シェクリイといえば、短篇でありわたしにとって印象深い作品は『徘徊許可証』です。
この作品は『トム・ジョーンズの華麗なる冒険』の主人公を思わせる名前ジョーンズを狂言まわしにしたアメリカ現代文明批評的大人の寓話みたいなお話。
1962年に書かれたにしては、相変わらず現代が抱える問題をテーマにしていると思うけれど、なんだか描き方がストレートでひねりがないように思えます。よく言えば素朴なのだけど、たとえが時代を感じさせます。以下、
マッカーシズムに対する揶揄。
刑務所に入りたがるダンテスはモンテ・クリスト伯のエドモンド・ダンテスのもじり。
神を目の前にした精神科医の態度。
大学の学者たちが自分たちの都合の良いように創った原始的ユートピア。
地図制作部の大佐でさえ迷子になる国家の中枢の建物オクタゴン(!)。その中を独裁者を暗殺するためヒモを手に探しまわるテセウスは、迷宮に住むミノタウロスを倒したギリシャ神話の英雄のパロディ…等など。
ウェルズ、ヴェルヌなど未来の科学技術を作品で予測した作家は大勢いますが、未来の人間社会を予測した作家は数少ないと思います。今のところシェクリイの予言は高確率で当たっているようですが、もし、21世紀の世紀末に、この作品が再評価されシェクリイの先見性が誉められるとしたら、SF界にとっては名誉なことかもしれませんが、その時代に生きる人類にとってはさぞ不幸なことでしょうね。
妻殺しの罪を着せられ自暴自棄になっていた死刑囚が、処刑を一週間前に控え無実の罪を晴らす決意をする。状況証拠では犯人は彼以外に考えられない中、弁護士、私立探偵、友人たちが調査を開始する。しかし、新たに現れた証人や証拠が次々に消されていく。
アイリッシュの『幻の女』より前に書かれ、カウントダウン物としてはかなり早い時期の作品ではないでしょうか。『幻の女』はスリラー・サスペンス系ですが、この作品はシカゴが舞台でギャングも登場するハードボイルド系です。
また、状況が密室殺人で、犯人が関係者の中にいるという点では謎解きの面白さもあります(多少)。
1935年に発表された作品だけに、展開がのんびりしていてなんだか緊迫感が伝わらない。本格物であれば気にならないけど、この設定は時間との戦いなのだから、レストランでの食事とかお酒を飲んだりだとか女性を口説いたりする場面は緊張感を削ぎます。もしかして、時代に流されたわたしがせっかちになっているだけかな…。
登場機会の少ない主人公以外に魅力的な人物がいないのもストーリーに入り込みにくい原因なのかもしれません。
ミステリ史上、記念碑的な作品なのに『幻の女』にその座を奪われ絶版状態になっている
のは案外そういうことが理由なのでしょうか。
強盗殺人の罪で、一週間後に処刑される恋人の無実を証明して欲しい。
彼の婚約者から依頼を受けた私立探偵アロー・ナジャー。
事件当日は別の場所にいたのだというのだが、男の犯行であることは、
四人の目撃者が証言していた。確証が得られないまま、事件の関係者と面会を重ねていたナジャーは、見知らぬ男から暴行を受け調査から手を退くように脅迫される。
“稲妻に乗る”とは電気椅子で死ぬこと。
カウントダウン物の一種です。ネタバレしてしまうので詳しくは書けませんが、変則的な作品です。本書は、エドガー賞最優秀短篇賞を受賞した同名の作品を長篇化したもの。
だからなのか、なんだかチマチマした印象で広がりに欠けるような気がするのですよね。
離婚した元妻からの扶助料の取り立てを心配し、女友達との関係に悩み、制酸剤をしょっちゅう飲んでいる胃弱探偵ナジャー。
テーマが重い割りにあまりシリアスな感じがしないのは、このキャラクターだからでしょう。
短篇は、『新エドガー賞全集』ハヤカワ文庫に収録されています。所有していますが、積読本なので今度読んでみよう。
昔読んだのですが、古本屋さんで見かけ懐かしくて再読しました。
「もののかたち」レイ・ブラッドベリ
わたしたちが見る“もののかたち”とは一体どういう意味を持つものなのか、大袈裟に言えば考えさせられる作品だと思います。分娩機などの作動不良により異次元の世界に生まれてしまった赤ちゃん。その子は人の目には小さな、青いピラミッドに見えるのだった。両親の苦悩と、やがて下した決断は…。まさしく出だしの発想はSF的ありがちな話(書き手によってはありがちなまま始まり、ありがちなまま終わりそうな発想)ながら、その後の展開は意表を突いていて、訴えかけることの多い秀作だと思います。ブラッドベリらしい、彼の良さが出ている小品だと思います。
「ナンバー9」クリーヴ・カートミル
ある日、ジャクソンは、「実験用のウサギ、9号が、眼鏡をかけて研究書を読んでいるところをみつけた」。このウサギは飲酒運転に厳しくて、運転手がお酒を飲もうとすると、読んでいた新聞の車の運転に関係のある記事のうえに前肢をのせて注意するのです。この場面を読んでいて、思わず知らない人の前で笑ってしまうところでした。
「人類供応法」デーモン・ナイト
豚そっくりの異星人が人類のためになる様々な科学技術を贈る訳とは。
「クレイジイ・プラセット」フレデリック・ブラウン
「バスカヴィル家の宇宙犬」ポール・アンダースン&ゴードン・R・ディクスン
文中のトーカ?という文字…なんだか胸騒ぎがして、次のホーカ人!で思い出しました、あの『地球人のお荷物』!!!
外見は子熊そっくりで人間並の知性を持つが、事実と虚構の区別がつかないホーカ人。
そのホーカ人がヴィクトリア朝イギリスの真似を始めたトーカ星の“ロンドン”へお尋ね者を追跡してきた人間たち。そこには当然“シャーロック・ホームズ”がいたのでした。
「時は金」マック・レナルズ
時間旅行をして巨額の金を運用する男の目的とは。皮肉な作品。
「旅する男」ヘンリー・スレッサー
スレッサーにしてはアイデアのみの作品か。
「怪獣の時代」ガイ・エンドア
科学者の劣等感がワニを竜に変え、人類滅亡の危機に立たせる。
「グレート・デーンになった男」ミリアム・アレン・ドフォード
綺談系のお話。
「四次元フープ」ジョン・D・マクドナルド
次元の異なる他の世界に通じる「輪」を偶然手に入れた男の話。
「不景気」ロバート・シェクリー
不景気のせいで、ダークサイドからの誤注文を引き受けた仕立て屋の真昼の悪夢。
「衝動」エリック・フランク・ラッセル
☆☆☆
81年から88年までのエドガー賞最優秀短篇賞を受賞した作品集。
「エミリーがいない」ジャック・リッチー
てっきり、わたしはエミリーの夫が死体を掘り起こすところで物語が終わるものと思っていました。すっかり騙されました。よくできたショート・ショートで、それ以上でもそれ以下でもないと悔し紛れに言ってみる。
「アイルランドに蛇はいない」フレデリック・フォーサイス
人種偏見や文化の相違による悲劇を描いた作品。書きたいのは分かるけど、ラストは余計な気がします。国際謀略小説で成功した人がこういう作品を書いていたなんて意外な感じ。
「女ともだち」ルース・レンデル
いかにもレンデルらしい作品。
先日、『ハイヒールをはいた殺人者』というミステリを読んだのですが、そこでも女装にはまった男が出てきました。イギリス人て女の人(カミラさんとか)も大柄だから男が女装しても違和感がないのだろうか?すごく疑問。
「夜明けの光の中に」ローレンス・ブロック
『聖なる酒場の挽歌』の元になった作品。短篇ゆえにブロック節がより冴える。
訳ありの女性とベッドを共にして「誰がマット・スカダーなんかと夜明けの光の中にいたいと思う?」と内省し、ひとり自宅に帰るスカダー。シニックでちょっと格好良すぎ。
「稲妻に乗れ」ジョン・ラッツ
長篇にする上で何を付け加えたのか、その効果はどうなのだろうか。再び長篇版を考えてみると、
胃弱で頼りない主人公の性格付けは明暗のバランスをとっているけど、作品の雰囲気を考える上ではマイナス、探偵事務所の一階の軽食堂の店主はプラス、ナジャーの恋人の存在は付け足し感があり、あまり効果なし、ナジャーが襲われる設定はありがちだがプラス。
結局、短篇を読めば、あえて長篇を読む必要はなさそうです。
「ピントン郡の雨」ロバート・サンスプン
バイオレンス。話の流れが勢いって感じ。わたしには受賞理由が分かりません。
「ソフト・モンキー」ハーラン・エリスン
ギャングの暗殺現場を目撃したホームレスのおばあさんの話。気の毒な境遇だけど、ぬいぐるみに対する執着が無気味。これが一番面白かったです。
「映画館」ビル・クレンショウ
長篇で読んだらもっと面白そうな話。従来の警察小説と較べて一風変わってますね。
田舎町の銀行の副支店長のマークはささいなことから、妻のマディとけんか。気がつくと妻の首を締めていた。
しかしマディの死を隠そうと、女装したところ、事件は意外な方向へ。
妻の知り合いまでだまされてしまうし、新しく越してきた隣人はデートを
申し込んでくる始末。マーク本人も“新しい自分”にまんざらではない 。
とはいえ、死体の始末をどうしたものか?
裏表紙あらすじより
ブラックユーモア・サスペンス。
ケネディの『ビッグ・ピクチャー』やウェストレイクの『斧』みたいに、主人公が一般人を殺して、それを隠ぺいしようという話は読者にとって抵抗感があると思います。この本の著者もそれを考慮して妻マディのマークにたいする普段のひどい仕打ちを描いて、主人公に感情移入をしやすくなるようにしているし、彼女の死因が事故あるいは病死である可能性を匂わせる表現をしています。しかし、偶然した女装にハマったり、都合よく関係者が死んだりするその後の展開には違和感を覚えてしまうのですね。読後、後味の悪さが残ってしまいました。プロットはよく練られているのですが、後半のマスコミが出てくる
ドタバタ場面はもっと短くても良かったのではないでしょうか。
「スタンド・アローン」ローラ・リップマン ハヤカワ文庫
念願かなって私立探偵となったテスに、元受刑者だという老人が依頼を持ちこんできた。
調査の内容は、かつて彼が危害をくわえた少年たちを探しだすことだった。償いのため、彼らに経済的援助をしたいという。奇妙な依頼にとまどいつつ、テスは調査の末、少年たちを探しだす。が、彼らが次々に殺され、彼女の胸に老人と事件の関連への疑惑が……
裏表紙あらすじより
テス・シリーズ三作目。わたしは初めて読みました。
短いセンテンスと、意図的に「テス」を主語に用い「彼女」という言葉の使用を少なくして、軽快なハードボイルドっぽい感じを出しています。また、比喩を多用したり、言葉をこねるようなモノローグは、主人公の性格や考えを読者に理解させるのに効果的だと思います。少し頼りないところなど、テスが可愛らしく感じましたが、女性の読者はどんな印象を持つのでしょうか。
テスの周囲の環境は、祖母、両親は健在だし、「彼女にはすぐに利用できる友人や親戚が街の重要な機関にいる」とかなり恵まれています。そこらあたりは探偵ものにしてはいささかぬるいかも。
以下、少しネタバレしています。
最初の依頼人の心の変化が上手く書かれているけれど、犯人の心情や犯行に至る心理が通り一遍の説明だけで済まされているのは残念です。まあ、主人公に視点が固定されているので仕方ないかもしれません。
エピローグでの大団円は甘くてちょっと恥ずかしい。
ストーリーとは全く関係ありませんが、本文中にトヨタの“レクサス”が登場したので、アメリカのミステリに出て来る日本車の表記の流れをメモしてみました、
ただ一括して「日本車」>メーカー名「トヨタ」、「ホンダ」など>車種名「シビック」、「セントラ」など>高級車「レクサス」「インフィニティ」
なんだか感慨深いです。次はプリウスに乗った環境保護派探偵か…
新しい支店を誰が任されるか老舗ブティックは噂で持ちきりだ。筆頭候補は仕入部主任で才色兼備のミス・ドゥーンだが、実際に選ばれたのはオーナーの美人秘書。店員間では冗談まじりに秘書毒殺計画が囁かれたが、その直後、ミス・ドゥーンが毒殺された。
この事件の担当になったのは美女に滅法弱いハンサムなチャールズワース警部。
冷酷な毒殺犯は美女揃いのブティック内にいる?!女流本格の第一人者の記念すべきビュー作 裏表紙あらすじより
真犯人と目される人物がニ転三転するところなど、デビュー作ながら後のブランド女史のスタイルというかストーリー・パターンがすでに見られる作品です。
店内に容疑者が十人もいて、その内八人が女性で、雑用係を除いて皆同じような年齢層、職種なので非常に紛らわしい。キャラクターの書き分けがあまり成功していないので登場人物を区別するのに時間がかかりました。
海外ミステリが苦手な人は登場人物の名前で混乱することが多いみたいなので、この作品はくれぐれも手に取らないように致しましょう。
惚れっぽくお坊っちゃんのチャールズワース警部がユーモラスなのは良いのだけれど、頼りないぶん作品全体に締まりがない印象を受けました。
それから、何故、題名が『DEATH IN HIGH HEELS』なのかが分かりません。
「クリプト・マン」ケネス・ロイス サンケイ文庫
ウィリー・スコットは元盗っ人。現在は旅行代理店を経営し、恋人のマギーと同棲中だ。彼の仇名は“スパイダー”。蜘蛛のようにビルの壁面を登り降りできるところからこの名がつけられたのだった。ところがそのスコットがとんでもない事件に巻きこまれた。英政界を揺るがす大スキャンダル。英米ソの情報機関が火花を散らす“情報戦争”のまっただ中へ放り出されたのだ。英推理小説界の鬼才が放つ政治冒険小説。
裏表紙あらすじより
KGBが将来英国の指導的地位に就きそうな人物の弱味を握り、自分たちの意のままになるスパイに仕立てようと画策するのですが、その人物が狙われていることを英国側も勘付いてしまったのでその時点で計画失敗じゃないの?その人物の出生の秘密を握る男や“スパイダー”に恨みを持つKGBの上級大将などが絡んで物語が進んでいくのですが、やたらだらだらと長過ぎ。物語の導入部における重要な役割のゴードン・チェスフィールドがどういう経緯で刑務所に入ることになったのかが説明不足。主人公が事件に関わる出来事なんだから、まずそこを語れ。
スコットは元泥棒の技術を生かして屋敷に忍び込んだりして活躍するけれど、どうも主人公のキャラクターが定まらずに損している感じ。個人対組織ではなく個人対個人みたいな戦いだし、敵役の存在感が今ひとつなのでスパイ・スリラー的面白さは味わえません。
「あるスパイへの墓碑銘」エリック・アンブラー 創元推理文庫
南フランスの風光明媚な避暑地に遊びに来た青年のカメラの中に、いつのまにかツーロン軍港を写した機密写真が入っていた。青年は自らの手で真犯人を突きとめるか、国外追放の憂き目に会うか、絶体絶命の窮地に立つ。第二次世界大戦前夜を背景に、スパイ小説のスリルと本格謎解きの興味をあわせもち、今や古典的名作となったアンブラー代表作。
裏表紙あらすじより
有名な作品ですが、わたしの苦手な重くて暗い話だと思い込んでいたので今まで敬遠していました。ところが、英国伝統の素人巻き込まれ型冒険小説なんですね。
スパイ容疑で留置所に放り込まれた主人公が、良い考えが浮かんでベッドからはね起きるとズボンがずり落ちる(自殺防止のためベルトが没収されている)という窮地に陥った状況の中で笑いを誘う場面があります。こうしたエピソードのように、第二次世界大戦前という切迫した世界情勢の上にほぼ無国籍状態という救いようがない状況でありながら、おっちょこちょいな好青年という位置づけの主人公のキャラが重苦しい雰囲気を和らげストーリーの厚みを増しています。
この作品が執筆された1938年はまだ英国伝統の冒険小説の一部として存在していたスパイ小説が、戦争を経てル・カレやデイトンに代表される一時期隆盛を極めた暗く重苦しいエスピオナージと呼ばれるものにとって代わられ、その後、KGBという好敵手の喪失によってスパイ小説そのものが魅力を失っていった経緯を考えるにつけ、もう一度正統派冒険小説の中のスパイ小説が復活して欲しいと切に思う次第です。アマチュアの復活(復権)とでも言ったらよいのでしょうか…。
ロンドン郊外の小都会ヘッドフィールド。そこに住むクローレイ夫妻、ポーソン夫妻、彼らの知人たちのもとへ匿名の手紙が届いた。その内容は、デレク・クローレイとゲルダ・ポーソンが浮気をしているというものだった。当人たちは歯牙にも掛けなかったが、ゲルダの夫のチャールズが素人芝居の稽古中に拳銃の誤射で危ない目に遭い、パーティの最中デレクの親友ジェイソンが薬物入りのカクテルを飲まされる事件が起きる。そしてクローレイとポーソンが共同経営する旅行代理店の ヴェニス・ツアーでついに死者がでることに…
物語の導入部の肩の力を抜いたような語り口が上手です。見掛けは良き夫、妻、友人ながら、内面は殆どまともな人物が登場しない犯罪小説。いかがわしい過去の行い、奇妙な性癖、スノッブでゴシップ好きなど様々なキャラの登場人物を意地の悪い、残酷な視点でもってストーリーが進んでいきます。人間の愚かな喜劇はよく描写されていますが、ミステリ的にはトリックはあまり感心しません。舞台がイギリスとイタリアに二分されるのも物語の流れを分断しているような感じを受けます。ジェイソンのイタリアにおける回想にしてしまえば良かったのではないでしょうか。また、本来一番衝撃的なドラマになるはず(あるいは一番にストーリーで語られるべき)のラストで明かされる動機が伏線もなく、いかにもとって付けたような印象を与えるのが残念です。びっくりはしましたけどね。それからコリンのサイドストーリーはなくても良かったんじゃないの?尊敬する作家に面会に行ったジェイソンのエピソードだけで充分だと思いますが…。
わたしの名はカーワン。白人、男性、引退した歴史学準教授。今はテープレコーダーに向かって語りかけている。わたしは末期的な肺癌患者である。余命は数カ月。だが、その数カ月を約三週間に縮めようとしている。少なくとも六十人の命を道連れに。以下述べるのは、その所以である……。鬼才畢生の傑作でありながら、執筆当初米国での出版を拒絶された曰くつきの問題長篇。 裏表紙あらすじより
このカーワン老人と私立探偵ミラノの物語が交互に語られる構成。読みやすいのですが、単調なリズムに半分ほどで飽きがきた。人生を振り返りながら、自分の所有するアパートを住人もろとも爆破する計画を録音していく老人と保険会社の依頼を受けて、盗まれた名画(ブーダン作)の行方を追う調査員。偏執狂的な老人は個性的で興味深いのですが、探偵のほうはただの色ボケおやじだとしか思えない。黒人を嫌悪する老人と黒人女性に惚れた探偵を対比させているのでしょうが、ただ金にあかせて女性の気を惹くこと(みたいに感じる)に一生懸命なキャラクターは退く。なので恋愛話がメインの名画盗難ストーリーの方は、大した事件も起こらず退屈です。見掛はビーフステーキだが、食べてみると520グラムの豆腐ステーキだったみたいに、この作品を重厚そうだけれど何か物足りないものにしている原因はそこら辺りにあるのでは…などと。
さて、尾行に関して「右利きの人間は左肩越しに振り返る傾向がある」とありますが、わたしは右肩越しです。他のミステリでは、左斜め後方が死角になると書いてあって納得した覚えがありますが…。
「ひとたび人を殺さば」ルース・レンデル 角川文庫
ロンドンの甥を訪ねたウェスクフォード警部は退屈していた。仕事を取りあげられたのでは島流しも同然だ。ところが、ロンドンのどんな名所より彼の関心を引くことが持ちあがった。逗留先の近くの墓地で、絞殺死体が発見されたのだ。被害者は若い娘だった。ウェスクフォードは、やはり警察官である甥に協力して捜査に当たることになった。いわば“私立探偵”である。不思議な事件だった。聞き込みを重ねても、被害者の身元が割れないのだ。名前は偽名だった。周囲との交際もなく、一人ひっそりと暮らしていたらしい。こんな影の薄い女が、なぜ、誰の手で、殺されねばならなかったのか?ニ転三転、捜査は意外な結末に辿りつく。 あらすじより
肥満と高血圧のため長期休暇を余儀なくされたウェスクフォード警部は、首都警察警視である甥の家に療養のため滞在しています。出される食事や散歩コースなど、警部とその夫人や甥夫婦の思い込みや齟齬が可笑しいです。
130ページあたりで事件を解決してしまったものと思い込んだ迷探偵なわたしも可笑しいのですが…。ころりと作者のミスリードに嵌まってしまいました。まんまと騙されたので誉めますが、これは佳作ですよ。今まで読んだ中で一番出来が良いと思います。こちらが予測する話の流れを見事に裏切りますね、レンデルさんて。
マゴーンやブランドは、ストーリーの最後半部分であれこれと容疑者たちを犯人として挙げてはそれを打ち消していくという作業を繰り返し、真のラストに真犯人を指摘します。所謂、読者を惑わせ戦意喪失させるパターンですが、読者がじれてどうでも良いやみたいな気にさせるので、サプライズ効果薄くなる恐れもあります。
一方、レンデルは、読者が犯人と思った容疑者を物語の途中で否定していく手法なですが、その度にサプライズを味わえる効果があります。
この作品はそういう意図が見事に成功していると思います。
以下、少しネタバレです。
しかし、その手法にこだわるあまり、手持ち札が無くなったかのようにワンペアというありふれた手札(真相)で終わったのは実に惜しい。
「警視シュワーツ ハンプトン・ビーチ殺人事件」アーヴィング・ワインマン光文社文庫
ニューヨークの北東、ロングアイランド島の高級リゾート地、ハンプトン・ビーチに
埋められていた男の死体。男の名はヴィクター・アンボイズ。郷土史家。
アンボイズは、百年まえに消えたという島の土地権利書秘密を握っていた。だが、地元の警察はインディアンの青年を犯人に仕立てて、事件の真相をもみ消そうと……。
ハーヴァード大学出身の異色警官シュワーツが、休暇を返上して事件に挑む。
好評シリーズ第2弾! 裏表紙あらすじより
小林宏明さんが訳者あとがきで述べているように、主人公は“中年の危機”に陥った男。
さらにコカインの賄賂を受け取った過去があり罪悪感に苦しんでいる。が、わたしの嫌いな減らず口タイプなので同情できず。そこらあたりが、前半は良いのに後半になると鼻に付いてきます。主人公は、同じく中年の危機にあるR・ボイヤーのドク・シリーズのように浮気をし、E・ライトのソールター警部シリーズのように妻の仕事に引け目を感じる。しかし、ふたりに比べて衝動的で子供じみた行動には共感出来ません。
警察小説というよりハードボイルドな作品ですが、後半以降、犯人の見当が付いているにも係わらず物語が遅々として進まないのでイライラしてきます。
訳者の言うように、百歩譲ってこの作品が“洒落た”“おとな向けの恋愛小説”であるとしても、作者は「ストーリー・テラーではない」(あとがきより)ので、やはり恋愛(話)はミステリを殺すという良い見本のような作品だと思います。
「トレイシーのミステリ・ノート 花嫁誘拐記念日」クリス・ネリ ハヤカワ文庫
わたしトレイシーは売れっ子ミステリ作家。小説内では難事件も華麗に解決できるから現実の事件も楽勝、と思いきや結婚を目前にした義妹が誘拐されたから、さあ大変。婚約者はどうも頼りないし、義妹の家族は何か隠してる。すべて怪しく見えるのだ。そんな時、義妹が営む料理店を売れば解放するとの奇妙な脅迫電話が!天使の顔に悪魔の毒舌、素人探偵トレイシー颯爽と登場。小説を愛す素敵な貴女に贈る凛としたミステリ
裏表紙あらすじより
と、最後のくだりはそれ程のものかとも思いますが、「貴女」を対象にした典型的な4Fミステリです。
スピーディーでシニカルで、一人称の軽い乗りで読ませてしまう語り口はリップマンのテス・シリーズに似ています。しかしながら、ミステリ部分が弱い。口調は軽くても良いけど、ミステリまで軽すぎ。この動機ならば、もう少し感情を描写してもよかったのでは。結末も納得がいきませんでした。
このハリウッドスターの両親を持ち、弁護士と結婚した売れっ子作家の主人公にはコンプレックスがない。お嬢様の独り善がりな探偵ごっこ話のように感じるのはそのせいかもしれません。キャラクターに何らかの欠点や負の部分を加えなければ魅力は増してこないと思います。シリーズ物ですので、主人公はその後成長しているのかもしれませんけれど…。これ以降の作品は翻訳されていません。この作品も品切れみたいです。
「帰ってきたミス・メル ヴィル」イーヴリン・E・スミス ハヤカワ文庫
ニューヨークの画廊でデビューしたての新進画家が麻薬の打ち過ぎで死んだ。警察は事故と断定したが、続いて画廊のオーナーが殺されて事件は思わぬ方向へ……。
殺し屋から足を洗って画家として名を成したのもつかの間、美術界の黒い陰謀に巻き込まれ、ミス・メル ヴィルは素人探偵に!
お嬢さま育ちの愛すべきオールド・ミスが活躍する人気シリーズ第二弾。
裏表紙あらすじより
主人公の枯れ具合が微妙。もう少し年寄りで可愛いおばあちゃんキャラに設定すればよかったのに。恋人もいるし、美術館館長にも心が動いたりして、まだまだ現役なところが微妙。まあ、いいんですけどね。それから訳の問題でしょうが、主人公の育ちの良さを意識するあまり、メル ヴィルの会話が堅すぎて直訳気味に感じます。
余計な描写、関係ない独白が多過ぎると思うのですが、例えば留守番電話(p274)や 地下鉄(p374)に対するメル ヴィルの意見など作者の考えなのか知らないけれど、いちいち登場人物を通して披露しなくてもいいではないのか。
場面転換が少なく、会話がだらだらと続くのも苦手です。
作者はシリーズ第一作目の『ミス・メル ヴィルの後悔』において、オールド・ミスの殺し屋というキャラクターで読者の興味を引き付けたかもしれないけれど、主人公が殺し屋を辞めてしまった本作ではより魅力的な人物造形に努めるべきでした。
「猫は銀幕にデビューする」リリアン・J・ブラウン ハヤカワ文庫
ピカックスに新しい住人セルマがやってきた。彼女は元ハリウッド女優の老婦人で、最近事故で弟を亡くしており、遺された甥と共に映画館を造るという。その舞台に地元の名士クィラランの飼い猫ココの出演が決まり、住民たちは興味津々。だが、セルマの周囲でペット誘拐など不審な出来事が相次ぎ、さらに、セルマの弟が殺害されたのではという疑惑が浮かぶ。ココは無事舞台を成功させ、なおかつ事実を突きとめられるのか?
裏表紙あらすじより
偉大なるマンネリ、シャム猫ココ・シリーズ25冊目。マンネリファンのわたしが読みました。
このシリーズの個々の作品の感想で、「犯人が分かりやすい」とか「ミステリがしょぼい」とか「今まで登場していなかった人物がいきなり犯人だった」とか様々なマイナス・コメントを内輪で連発してきたわたしですが、久しぶりに読んで悟っちゃいましたよ。そんなことは木を見て森を見ないに等しい感想なのだと。さらに禅的に表現すれば砂利や岩を見て石庭を見ないみたいな……、例える意味が分からないと思いますが。
つまり、ココ・シリーズはブラウン先生が連綿と語り続けるピカックス・サーガなのです(きっと)。日本を代表するサーガの「渡鬼」や「サザエさん」と同じようなものですね(たぶん)。読んだことはありませんが、日本のミステリでいえば「三毛猫ホームズ」(でしたっけ?)みたいなものでしょう。
あくまでも、ピカックスという町の遷移と住民の日常生活を伺うことをに重きを置いたサーガ・ミステリなのです。
「セミの自然誌 鳴き声に聞く種分化のドラマ」中尾舜一 中公新書
北から南から、日本に飛来して棲息するセミ32種。世界有数の豊富さである。
風土に適応して巧みに棲み分け、短歌、俳句、川柳から絵画、そして夏休みの宿題と古くから親しまれてきた。食用、薬用に利用される反面、害虫としての側面ももち、近年は環境指標として重要な役割を果している。本書は周期ゼミの発生、芭蕉の句のセミをめぐる論争等を紹介しながら、セミの生活史をたどり、鳴き声の意味を探って種分化と進化の謎に迫る。
カバー内容紹介より
ハルゼミが松林で盛んに鳴く季節になりましたね。なので、セミの本を読んでみました。
長野、山形などで食べられていた(食べられている?)セミの話題、日本各地のセミの形をした凧のこと、セミを詠んだ詩歌、セミの方言名など自然科学以外のことにも言及されているので、日本にいるセミについて色々なことが分かる良書だと思います。
ニイニイゼミの配偶行動の項では、鳴いている雄のもとに雌が飛来し、雄の上方に止まる、「雄は雌の体の下方に位置すると、左前脚(稀に右前脚)で、雌の前翅の翅端部をたたくように触れる。ここで雌の交尾拒否がなければ」(p50)交尾するのですが、雌による交尾拒否がかなり多いようです。鳴き声のほかに、翅をたたくときに分かる雄の脚の長さ、すなわち体の大きさが関係しているのでと推測されるのだそうです。
孵化直後の幼虫は木を伝って地面まで降りていくのかと思っていましたが、地上に落下して土中にもぐるのですね。長時間をかけて降りていくと天敵に捕食される割合が高くなるからでしょうか。
セミヤドリガというセミに寄生して体液を吸う蛾は、他のセミに比べて圧倒的にヒグラシ寄生が多い。同じような環境にいるニイニイゼミに寄生が少ないのは体の部分(前胸背板後縁)の形態の違いによるものではないかという仮説などなど、非常に面白かった。
閑さや岩にしみ入る蝉の声 芭蕉
この句をめぐる斎藤茂吉と小宮豊隆との有名な文学論争や十三年ゼミ、十七年ゼミについての話も興味深いです。
絶版なのが惜しまれます。
「劇的瞬間の気もち」A・J・ジェイコブズ 筑摩書房
『エスクァイア』誌の編集部の企画による、
まさしく劇的体験をした人たちの体験談を集めた本です。
以下、五行目までは映画予告編調で、
ゴールデン・ウィークに、
どこにも出かけたくないあなたへ、(言い訳として)
仕事で休めないあなたへ、(気休めとして)
旅行の計画を立てているあなたへ、(くれぐれも注意を怠らないように)
この本を捧げたい。
ゴルフをする予定の方には、落雷に遭い、一度地面に入った雷が、再び足から入り頭から抜けた人の話を。
春山スキーを計画されている方には、雪崩で十五メートルの雪に埋まった人の体験。
北極、南極に行かれる方へは、凍傷になった指をノコギリで切った人の話を。
サーフィンやスキューバダイビングをする方へ、サメに頭をくわえられ、頭蓋骨がきしむ音を聞いた人の話を。
山に行かれる方には、熊に顔を咬まれ、牙と頭蓋骨がこすれる音を聞いたり、または、
ハチに襲われ頭がスイカくらいの大きさになったり、あるいは、毒蛇に噛まれ血清を十本も打った人の話を。
牧場を訪れようと思っている方には、雄牛に角で突かれ下腹部から内臓が飛び出した人の話。
治安の悪い場所を旅行先に選んだ方、頭を銃撃され、顔を流れる血の音を聞いた人の話。
未開の土地を訪れようと思っている方には、エボラ熱に感染し、たった十分間に五百ミリリットルも出血した人の話。
そして、飛行機で移動する予定の方には、飛行機事故に遭い、機体が自分の座席の目の前で折れた人の体験談を。
こういう体験を読むと外に出るのが怖くなります。
恐ろしい体験談だけではなく、月面を歩いたり、ノーベル賞を受賞したり、悪魔祓いの儀式を受けたり、七十二キロの減量をしたり、極度の潔癖症になったりした体験や背がものすごく高かったり、低かったりする人、男になったり、女になったりした人の話なども収録されています。
12編が収められた文庫オリジナル短篇集。初訳の「楽園への小道」を収録。
その他の作品は、「ヨーロッパへ」「イスキア」「スペイン縦断の旅」「フォンターナ・ヴェッキア」「ローラ」、「ジョーンズ氏」「もてなし」「窓辺の灯」「くららキララ」、「銀の酒瓶」「無頭の鷹」。どれも完成度の高い作品ばかりですが、収録順に違和感を覚えました。初訳の作品を巻頭に持ってきたかったのは分かるけれど、「楽園への小道」は、(『犬は吠える』に収められている)「ヨーロッパへ」以下五編の後に載せたほうが良かったと思うな。
「楽園への小道」
妻の墓参りにきた中年男が見知らぬ女に話しかけられる。女の微妙に無気味な存在感。漠然とした不安を読み手に与えながら、亡き妻や女に対する男の心の動きを上手く描いていると思います。最後のオチがだめ押し的に効いてます。
「ヨーロッパへ」
城の庭園で見た竪琴を弾く若者とそれを聴く三人の老人たちの情景が、「ぼく」の中にあるイメージどおりのヨーロッパだとしたら、アメリカ人的気安さで知り合ったイタリア人女性にストーカーまがいの行為で悩まされ、逃げるように旅立つ羽目になったのもまた現実(その女に受けた仕打ちと最後に発せられた言葉との矛盾が象徴的なのですが)であり、そのギャップに戸惑っている話。
「イスキア」
カポーティが、「六月五日。午後は白い真夜中だ。」と書く、イタリア、イスキア島の滞在記。
「スペイン縦断の旅」
古ぼけた列車による旅の途中で起きたある事件。主人公が最後に言われた言葉が可笑しい。とにかく、この人のこの描写は二六歳にしてヘミングウェイを超えていたのでは。
「フォンターナ・ヴェッキア」
これもシチリア島タオルミーナ滞在記。躾のためという名目で、兄が妹に暴力を振るうシチリアの習慣に困惑する「ぼく」を通して、文化の相違を伝えようとしているのでしょうか。「イスキア」にしても、散文風な記述が美しいです。
「ローラ」
クリスマス・プレゼントに貰ったカラスに対する主人公の感情の変化。作者が示唆し、読者が予感する悲劇的な結末と比べて、あまりにも微苦笑を誘うラストシーン。
「ジョーンズ氏」
目と脚が不自由なジョーンズ氏が行方不明になり、十年後に現れた場所と様子は…。意外性にとんだショート・ショート。
「もてなし」、「銀の酒瓶」
共にイノセントもの。訳者の河野一郎さんは、「《陽のあたる》部分」とか「《明るいカポーティ》と《暗いカポーティ》」と表現していますが、カポーティ自身は、インタビューのなかでこのラベリングを否定しているようです。
「くららキララ」
『あるクリスマス』と『クリスマスの想い出』との間に感じられるように、イノセントものの中にも微妙な差、あるいは《陽のあたる》部分にも微かな陰影があると思いますが、この作品は『あるクリスマス』側に振れている作品だと思います。わたしには、この系統の作品が一番カポーティの心情を素直に表現しているように感じますが…。
「窓辺の灯」
猫好きだった作者が猫好きな老婦人を描いた作品。小道具が効果的。
「無頭の鷹」
あとがきに、「音痴には聞こえないだろうが、この作品にはある独特なリズムがある」と、作者自身の解説が引用してあります。わたしはこの手の作品は苦手です。もしかしたら音痴なのかもしれません…。すこしショック。
ロンドンから汽車で一時間というイングランドの一寒村。そこのゴルフ場でプレイ中の
四人組は、推理談義に花を咲かせていた。みな推理小説にはうるさい一言居士ぞろい。
ところが、たまたまスライスした打球を追ううちに、鉄道の走る陸橋から落ちたと思しき顔のつぶれた男の死体を発見する。被害者は破産状態にあり、自殺、他殺、事故死の三面から警察の捜査が始まった。だが、件の四人は素人探偵よろしく独自の推理を競い合い、
この平凡に見える事件に、四人四様の結論を下していく……。“推理ファンが最後にゆきつく作品”といわれる古典的名作を、ここに初めて全き姿で紹介する。
あらすじより
『ボートの三人男』にちなんで例えると、本書は「ゴルフ場の四人男 但し、死体は勘定に入れません」か。
ネットでの評価は分かれていますが、わたしは面白かったです。全編を通したユーモアと
ウィットは秀逸だと思います。特に、リーヴズがピアノを弾きながら即興の歌詞で質問に答える「ピアノ伴奏つきの捜査」は笑えました。ミステリを読んでいて、こんな馬鹿馬鹿しい場面は初めてです。また、真犯人と確信した人物に通話管を使って謎解きをする顛末など、イギリス的ユーモアを味わうためだけでもこの作品を読んでみる価値があります。
��品切れかも)
主要人物の各々が推理して、主にリーヴズとカーマイクルですが、その推理がことごとく外れる展開はある程度ミステリを読んだ人には予測できます。なにがなんでもトリックを見破ってやろうとする血気盛んな読者、謎解き云々について言及する読者は作者の遊び心を今ひとつ判っていないようにも思います。つまり、全てに洒落のめした作品なのでは?と思う余裕が必要なのではないでしょうか。“推理ファンが最後にゆきつく作品”の意味は、瑣末を楽しむ余裕を持った読者のための作品という意味かもしれません。
但し、もしこの作品がホームズ的本格推理小説のパロディとして書かれたものだとしても、真相をもっと意外性にとんだものにしていれば、この作品の評価はきわめて高くなったのではないか、とも思う訳です…。ニ転三転するダミーの真相があったとしても、それ以上にサプライズがある真相がなければ読者は満足しないでしょう。
「血のついたエッグ・コージイ」ジェームズ・アンダースン 文春文庫
時は1930年、伯爵家の田舎屋敷の週末パーティに集った11人の客はガン・マニアのテキサスの富豪、某大公国の特使、英海軍の少佐らのきらびやかな顔ぶれ。雷雨の夜、そこで殺人が起きる。互いに素姓の知れぬ客たちにはアリバイがなく、全員が犯人くさい……
トリックの冴え、道具立ての妙、推理小説黄金期作品の興趣満点の傑作。
裏表紙あらすじより
ナチスによる侵略の危機にあるヨーロッパの小国から、英国との密約を結ぶという使命を帯びた特使が派遣される。その内容を探り出すために某国から雇われたスパイ、また、その密約に乗じて利益を挙げたいヨーロッパ随一の富豪の手先。そして、テキサスの富豪の持つダイヤの首飾りを狙う怪盗。この三人が招待客の11人の中に紛れている、というわけです。
夫婦がお互いの殺人計画を練る『殺意の団欒』(文春文庫)の作者なのですが、訳者あとがきを読むと、打って変わって本格物を書いた背景には作者なりの計算があったみたいですね。
1975年の作品でありながら、あえて時代背景を第二次世界大戦前の設定にしたり、屋敷の間取図を添えたり、秘密の通路があったりと本格物へのこだわりを示したり、国際謀略的シチュエーションの味付けをしたりと作者の工夫は認めますが、その努力に見合うだけの効果を挙げているかと言ったら……。なんだか本格物へのレクイエムに思えてしまいます。過去にさかのぼるよりは、現代の設定で正統本格ミステリを追求すべきだったのではないでしょうか。
警察の捜査が始まると話の流れが遅くなる(よくある傾向ですが)という欠点はありますが、奇怪なトリック、意外な犯人、ユニークな警部の存在など面白かったです。
しかし、突出したところがなかった。
アメリカ娘のアリスが英国へやってきた目的はこのわたしだった。
戦時下のリンゴ園で起こった殺人事件をめぐる裁判で、当時少年だったわたしは被告に不利な証言をした。それもあって米軍兵士が死刑となったのだが、アリスはその犯人の実の娘だったのだ。わざわざこの英国で、今は亡き父の無実を証明する気なのだった。リンゴ園の美しい娘にかかわる摩訶不思議な殺人……本格派の鬼才が贈る芳醇なヴィンテージ・ミステリ! 裏表紙あらすじより
死体入りラム酒の樽
のニュースを読んで、海外ミステリファンは真っ先にこの『苦い林檎酒』を思い浮かべたはずです。
このミステリは、おかしな味のするリンゴ酒の樽を開けてみたら、弾丸を撃ちこまれた頭蓋骨が見つかったことで事件が発覚します。おかしな味の原因は歯の詰めものによる金属汚染だったのです。弾丸はきれいに頭部を貫通していたので…。
リンゴ酒を仕込む過程で、「酵母の数をふやして発酵をさかんにする」ために、樽にマトンの脚を入れる習慣があったそうです。しかし、リンゴ酒は醸造酒ですが、ラム酒は蒸留酒なので酵母の作用は関係ありませんけどね。今回のケースは、あくまで死体防腐のためにラム酒樽詰めにしたようです。リンゴ酒の場合は酵母作用でマトンが骨だけになりますが、ラム酒漬けの死体はアルコール漬けの生物標本みたいだったのでしょう。あのネルソン提督の遺体もラム酒漬けにして本国に運ばれたそうなので。
本作品は、ドイツ空軍の空襲のために、ロンドンから田舎の農場へ疎開した少年が体験した殺人事件を、犯人とされた男の娘の求めに応じて二十一年前の出来事を回想し、事件を再検証するという話です。父親が戦死し、母親とも離ればなれになった少年の心情と疎開先の農場の美しい娘へ憧れる気持ち、優しく接してくれる米兵への慕情。そして、それらの感情が事件解明に及ぼした理由など。まさしく苦くて切ない物語です。
襖を閉めると飛び出す虎!江戸時代、絵画の世界はアッと驚く遊び心にあふれていた。
視覚のトリック、かたちの意外性、「大きさ」の効果。絵師たちの好奇心と想像力が生みだした、思いもよらない仕掛けを凝らした作品を浮世絵・戯作絵本から絵巻・掛軸・襖絵にいたるまで紹介し、新しい絵画の愉しみかたを伝える。図版多数。
カバー内容紹介より
第一章の「生活のなかの遊び-動く図面」が特に興味深いです。
「披見」の意味「ひらいて見る」から、「ひらく」という言葉をキーワードに、絵巻、襖絵、掛軸に描かれている絵と画家の意図を分析しています。著者が指摘するように、絵巻などの「日本の古い絵は、『見る』前に、まずは画面を『披く』必要」があり、その作業による時間的展開性や空間的展開性をそれらの絵画が持っているというわけです。
襖絵については、襖の可動性、開閉したときの視覚効果や図面構成を画家は充分意識していたのではないかと、長沢芦雪(ながさわろせつ)筆の『朝顔に蛙図襖』や『虎図』を例に引いて解説してあります。
特に『虎図』では、開けた状態(左脚と尻尾の半分しか見えない)と閉めた状態(画面から虎が飛び出して来るように見える)を写真(P43)で比較してあり理解しやすいです。
また、『虎図』の裏に描いた猫の親子についての画家の意図を推察している箇所も面白いです。
従来の襖絵(障壁画)研究では、敷居の溝にはめられた襖の位置(これがはっきりしないと、どの画面が隠れるのかが分からない)に対する配慮が抜けていたそうで、たしかに
言われてみればそうなんですが、こういうところに目が向くところが専門家ですね。
第二章の「視点の遊び」では、歌川国芳の「寄せ絵」や「影絵・絵文字」などについて、
第三章の「『かたち』の遊び-猿の図像学」では、日本画の中の「猿」を、特に日本に棲息しない手長猿が取りあげられた理由などについて考察してあります。
無量寺の『虎図』は、
http://www.at-kisyu.com/homepage/kankou_2/kusimoto/muryou.htm
でご覧下さい。
「骨と沈黙」レジナルド・ヒル H・P・B
酔って帰宅したダルジール警視は、裏手の家の寝室で展開される光景に思わず目をこらした。灯がともり、カーテンがひらかれたかと思うと、裸身の女性があらわれたのである。
だが、つぎの瞬間、女性のわきには銃を手にした男が立ち、夜のしじまに銃声が轟いた!
女の死体をまえにたたずむ男は、現場に駆けつけたダルジール警視にむかって、妻の自殺を止めようとして銃が暴発したのだと主張した。しかし、目撃者のダルジール警視は、こいつは殺人だと自信満々だった。はたして、どちらの主張が正しいのか?一方パスコー警部は、つぎつぎと警察に送られてくる自殺をほのめかす手紙の差出人をつきとめるよう、ダルジール警視に命じられていた。内容からして、謎の差出人は今度の事件に関わりのある女性と推察されたが……。
裏表紙あらすじより
レジナルド・ヒルを初めて読みました。シリーズのなかでも傑作の誉れが高い作品だそうで、通は“ほねちん”(注1)と略して言っているらしいです。読んだ感想は、期待し過ぎたのかもしれませんが、それ程のものでもないという感じ。作品の雰囲気は、なんとなくレンデルのウェクスフォード警部シリーズを想わせ、口が悪くて剛胆な性格はリューインのパウダー警部補を感じさせます。しかし、毒舌、下品さではすでにウィングフィールドのフロスト警部による洗礼を受け、レンデルにさんざん捻られ、レンデルズ・ツイスト ・シンドローム(注2)に陥ったわたしのような読者にはちょっと物足りなかった。
特に、始めから犯人の見当が付いており、ダルジール警視と容疑者との腹の探り合いを中心に話が進むのでやや冗長なストーリー展開に感じたりもします。サイドストーリーとして絡ませている自殺予告の手紙の差出人を見つけ出す話も意味ありげなわりには、それほど本筋にとって効果的でないのでは…。
トリックはなかなかのものだと思うのですが、どうも主人公に共感を覚えませんでした。
つまり、ダルジール警視が中世の宗教劇で神の役をやったように、作品の中で彼を奉る記述が主人公を尊大に、あるいは全知全能に見せてなんだかしらけてしまいました。
当然、一冊のみでダルジール警視の魅力が分かるはずもなく、シリーズものなので刊行順に読んだほうが良かったのかもしれません。
注1)たぶん。使用される場合は自己責任でお願いします。
注2)レンデル特有の何度も捻り過ぎるトリックを読み慣れた読者が裏の裏、そのまた裏の裏(さらに裏の裏)を邪推するようになることを指す専門用語。もちろん冗談ですので。
『黄色い部屋の謎』、『黒衣婦人の香り』などでおなじみのフランス・ミステリ界を代表する巨匠ガストン・ルルーが贈る世にも怪奇な短編集。片腕の老船長が語る奇怪な話「胸像たちの晩餐」、コルシカの復讐譚に材をとった「ビロードの首飾りの女」、結婚相手が次々と怪死を遂げる娘の物語「ノトランプ」をはじめとして、いずれ劣らずなまなましく人間心理の闇を描いて、読む者を戦慄の世界へと誘う。恐怖小説ファン必読の傑作集! 内容紹介より
恐怖小説というより綺談系の話が八編収められた短編集です。
「金の斧」
以前、紹介したフランス・ミステリのアンソロジー『心やさしい女』 にも収録されている作品。無気味さと謎解き、そして読後に深い余韻を与える佳作だと思います。
「胸像たちの晩餐」
ミシェル船長はなぜ片腕を失くしたのか。それは隣家に越してきた旧友が遭遇した貨物船の海難事故の話から始まる。からくも、いかだで脱出した十三人は、一年に一度、旧友の家に集まって晩餐会を催していた。その席に無理矢理参加したミシェル船長が見たものとは…。
幽霊ものかと思っていたら、グロテスクな話でした。
「ビロードの首飾りの女」
首飾りをはずしたら首が落ちてしまうという噂を持つ、ギロチンにかけられながらも首飾りをつけて生きている美女の話。コルシカ島という舞台がそれらしい雰囲気を醸し出している復讐談。ノスタルジックな感じがしました。
「ヴァンサン=ヴァンサンぼうやのクリスマス 」
殺されたのに犯人はいない。クリスマスの夜、押し込み強盗に入られて殺された夫婦の矛盾した話。
「ノトランプ」
美しい娘と十二人の求婚者。一番から十二番までプロポーズの順番を振られた彼らは彼女と結婚すると次々に死んでしまう。四番目の男は自分の番になった時、五番目の男に順番を譲ったが。設定が秀逸。
「恐怖の館」
新婚旅行でスイスに行った夫婦が、悪天候のため宿泊するはめになった辺鄙な宿屋は、以前、旅人を殺し金品を奪っていた事件で有名になった館で、客寄せのために当時の状況を再現していた。この話は現実にありそうで怖いです。
「火の文字」
金持になるため悪魔と契約を結んだ落ちぶれたばくち打ちの話。もうひとつな感じ。
「蝋人形館」
決して恐がりではないという若者が、ひと晩を蝋人形館で過ごすという賭けを友人と交わした結末。展開が読めて、まあ、ありきたりか。
超自然現象と読者に思わせながら実は結構論理的で人間臭い結末の話が多いです。そこはスリラー作家ではなく、あくまでもミステリ作家ルルーの面目躍如といったところでしょうか。わたしのような恐がりでも平気なノスタルジックの香りがする短編集です。
「のぞき屋のトマス」ロバート・リーヴズ H・P・B
二日酔いのところを電話で叩き起こされたトマス・セロン教授は、まだ夢ではないかと疑っていた。著名なフェミニストであるエマ・ピアス教授から、ボストンの歓楽街でポルノ映画を見ようと誘われるとは!
だが、待ちあわせ場所のポルノ書店のまえにいってみると、エマは反ポルノ女性同盟のメンバーたちとピケをはっているところだった。トマスはいきなり店内に連れこまれ、エマから『固さがぴったり』なる題名のポルノ・ビデオを渡された。これには、いま議論の的となっている反ポルノ法案を正式な法律にするだけの力が秘められているという。だが、くわしい説明を聞く間もあらばこそ、店内で爆弾が爆発した!九死に一生を得たトマスは、ビデオに隠された謎を追って、まんざら嫌いでもないポルノの世界の裏側へと潜入するが……。 裏表紙あらすじより
『疑り屋のトマス』に続く第二作目。一作目を読んでいたら、前作に続いて登場する人物の背景や主人公との関わりが分かって面白かっただろうなと思いました。ジャンルは軽ハードボイルドで、主人公トマスは、パーネル・ホールのヘイスティングスを離婚させてインテリにしたみたいなキャラクターです。終始、主人公を駄目っぽく描いているところは評価したいです(偉そうですみません)。しかしながら、まず、ストーリー展開が読みやすく緩い。だいたいこちらの予想通りになる。それに、なんでこんなに悠長に構えていられるんだろうと思うくらい悪役が迫力に欠ける。コージーものならちょうどいいくらいかもしれませんが、仮にもハードボイルド風なのだから蛇蝎とまではいかないまでも、もっと迫力のある嫌な奴にして欲しかった。でも、主人公が、自分が書いた小説が出版されるとなるや、節を曲げて編集者の要望どおりベッド・シーンを書き加えたり、フランス風芸術作品を撮りたがっていた映画監督志望の男が、ポルノ映画を作れと言われ嬉々として製作したではないかと黒幕が指摘する場面は辛辣でした(P255)。いささか類型的ながら“芸術”を皮肉る悪役の設定はなかなか良かったのですが、ストーリー的には中途半端な人物造形で終わってしまって残念な気がします。